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とあるテレビ番組でイスラエルにある日本料理店が紹介されていた。
イスラエルでも日本食がブームで、近年日本料理店が急増しているらしいが、その大多数が所謂ナンチャッテ日本料理で、寿司を握っている板前も日本人ではなく、中国人が多い。
日本料理店で寿司を握っている中国人になぜこの仕事をしているのか聞く。「簡単な仕事だから。寿司なんてご飯に魚を載せるだけじゃん。」これが彼らの答えだった。

彼らの答えには、日本人からすると多少の苛立ちを覚えるかも知れない。しかし、よくよく考えると、その答えもある意味では的を得ている。
日本だと寿司職人を志しても、実際に寿司を握れる様になるまで相当な年数が必要とよく聞く。まずは掃除等の雑用から始まり、徐々にステップアップするそうだ。
寿司を握りたくてその道に入ったのに、やっている仕事は余り関係のない事。それを何年も我慢し、ようやく寿司が握れる。厳しい職人の世界である。
ところが、海外に出ればそんな事はない。店に入ってすぐに寿司を握る練習をして、実戦に投入され、仕事を実地で覚える。だから早い。雑用は他のバイトがやればいい。そもそも掃除は寿司を握るテクニックに関係がない。
そして、実際に寿司を握るのは恐らくそう難しくはない。しかし、日本では先輩もそうやって来たから、自分もそうさせられ、いつしか自分の後輩にもそうやって指導する。それが日本のやり方。そして徒弟制度のため、その間は報酬も極端に低い。
スポーツでもそうだ。
野球部に入っても最初にさせられるのは玉拾いである。これでは野球が上達しない。
柔道は中国で全く普及していないが、金メダリストを排出している。中国では才能ある若者へ徹底的に英才教育を行っているそうだ。貴重な人材に玉拾いさせる時間等ないのだ。

科学的で合理的な練習をさせない日本。指導者も玉拾いをして来たから子供達に玉拾いをさせるのだろう。そういう指導しか出来ない。寿司職人と同じだ。
毎日寿司を握っている人の寿司と、毎日掃除だけをしている人の寿司、どちらが美味しいだろうか?だから日本は金メダルがなかなか獲れないのだ。本人達もそれを自覚しているから、肝心の勝負処で決定力がない。
日々徹底的に反復練習を繰り返し、実戦の場数を踏む。これがなければ勝負には勝てない。
( コラム )
December 23, 2011
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