家族と話をしていて、彼らはマゾだと思い、サゾの私と違うと感じ、こんな話を思い出した。
これを要約すれば、「状況はどうにもならないから、自分が楽しむ方向でいこうとする人(もういいやと適度に進める)=マゾ」と「個人の力の及ばない、コントロール出来ない事について、それでもコントロールしようとする人(状況に戦いを挑む)=サド」の二種類の人がいる話だ。
マゾ的な、「辛い事でもその状況を楽しめばいいんです」の様な事を言う人が近年増えている感じがする。上記の我が家族もそれに近い。
ところで、この言い分には不思議な魔力があり、私も中学生だった頃、この考え方に初めて触れ、魅力があると感じた。
しかし、結局私はサゾだと思う。自分にも、時には他人にも厳しく、それを乗り越えた時に幸福を感じるのだ。

サゾこそが新しい世界を築いてく。そう思う。
話は飛躍するが、我が国日本。
日本は長く続く経済疲弊の中、さらに震災があり、厳しい時代が続いている。そして世界も混沌として来た。
最近では先進国でもデモが相次いでいるが、日本では何も起きない。日本ほど状況が厳しくなっている国もないのだが、それでも大人しい日本人。
「辛い事でもその状況を楽しめばいいんです」と思っているマゾが増えているのではないだろうか?
私は戦いを挑みたいと今は思っています。
結婚を目前に控えた、または結婚したばかりの女性が、以前好きだった男性に連絡するだろうか?

そこら辺の心理は自分自身でも理解出来ない事なのかも知れない。