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不評被害ではない!
放射能汚染されている可能性が高い物をわざわざ食べる必要はない。
日本国内では比較的安全な九州産等を食べれば良いし、アメリカや中国等から食料は十分供給されている。
放射能汚染地区の方にとっては、他に食べる物がないのかも知れないが、だからと言って日本全体が放射能を共有する必要はない。
抑々東電の引き起こした問題であるから、東電が買い取り補償すべき問題であり、食べて支援となるのはおかしい。
農家は農業を止めて東電にその補償を求め、政治やマスコミ、世論がそれを支援するのがあるべき姿のはず。
また、放射能の問題は、地震の被害と分けて考えるべき。税金や義捐金は放射能汚染問題に使うべきではない。

放射能については全て東電が責任を持つべきである。
食べて支援したが故に、何十年後かに癌になっても、国や東電は因果関係を認めないであろう。
そして裁判になれば、きっと何十年も戦う必要がある。因果関係の立証も難しい。
よって無理して食べても、結局自己責任になるだけで、消費者としても国民としてもデメリットしかないのだ。
取り急ぎ書いたが、こんな当たり前の事が実行されない日本が不可思議。
今年は大晦日に発表!
本年度の受賞は?
一つ目は、iPhone4!

スマートフォンはもう何年も前から使っているが、圧倒的なアプリの数が便利。
タッチ操作も感覚的で慣れて来ると使い易い。
二つ目は、なでしこジャパン!

苦戦した決勝戦での粘り強さに感動した。
杭州で行われたドイツ戦後の様子も記憶に新しい。
最後は、自衛隊員!

今年は大きな悲劇が起きた。
そんな中、普段は何をしているのか分からない自衛隊員が大活躍した。
今回は以上。
賞を受賞した方々には、ささやかなお祝いをお贈りしたい。
( コラム )
December 31, 2011
とあるテレビ番組でイスラエルにある日本料理店が紹介されていた。
イスラエルでも日本食がブームで、近年日本料理店が急増しているらしいが、その大多数が所謂ナンチャッテ日本料理で、寿司を握っている板前も日本人ではなく、中国人が多い。
日本料理店で寿司を握っている中国人になぜこの仕事をしているのか聞く。「簡単な仕事だから。寿司なんてご飯に魚を載せるだけじゃん。」これが彼らの答えだった。

彼らの答えには、日本人からすると多少の苛立ちを覚えるかも知れない。しかし、よくよく考えると、その答えもある意味では的を得ている。
日本だと寿司職人を志しても、実際に寿司を握れる様になるまで相当な年数が必要とよく聞く。まずは掃除等の雑用から始まり、徐々にステップアップするそうだ。
寿司を握りたくてその道に入ったのに、やっている仕事は余り関係のない事。それを何年も我慢し、ようやく寿司が握れる。厳しい職人の世界である。
ところが、海外に出ればそんな事はない。店に入ってすぐに寿司を握る練習をして、実戦に投入され、仕事を実地で覚える。だから早い。雑用は他のバイトがやればいい。そもそも掃除は寿司を握るテクニックに関係がない。
そして、実際に寿司を握るのは恐らくそう難しくはない。しかし、日本では先輩もそうやって来たから、自分もそうさせられ、いつしか自分の後輩にもそうやって指導する。それが日本のやり方。そして徒弟制度のため、その間は報酬も極端に低い。
スポーツでもそうだ。
野球部に入っても最初にさせられるのは玉拾いである。これでは野球が上達しない。
柔道は中国で全く普及していないが、金メダリストを排出している。中国では才能ある若者へ徹底的に英才教育を行っているそうだ。貴重な人材に玉拾いさせる時間等ないのだ。

科学的で合理的な練習をさせない日本。指導者も玉拾いをして来たから子供達に玉拾いをさせるのだろう。そういう指導しか出来ない。寿司職人と同じだ。
毎日寿司を握っている人の寿司と、毎日掃除だけをしている人の寿司、どちらが美味しいだろうか?だから日本は金メダルがなかなか獲れないのだ。本人達もそれを自覚しているから、肝心の勝負処で決定力がない。
日々徹底的に反復練習を繰り返し、実戦の場数を踏む。これがなければ勝負には勝てない。
( コラム )
December 23, 2011
家族と話をしていて、彼らはマゾだと思い、サゾの私と違うと感じ、こんな話を思い出した。
これを要約すれば、「状況はどうにもならないから、自分が楽しむ方向でいこうとする人(もういいやと適度に進める)=マゾ」と「個人の力の及ばない、コントロール出来ない事について、それでもコントロールしようとする人(状況に戦いを挑む)=サド」の二種類の人がいる話だ。
マゾ的な、「辛い事でもその状況を楽しめばいいんです」の様な事を言う人が近年増えている感じがする。上記の我が家族もそれに近い。
ところで、この言い分には不思議な魔力があり、私も中学生だった頃、この考え方に初めて触れ、魅力があると感じた。
しかし、結局私はサゾだと思う。自分にも、時には他人にも厳しく、それを乗り越えた時に幸福を感じるのだ。

サゾこそが新しい世界を築いてく。そう思う。
話は飛躍するが、我が国日本。
日本は長く続く経済疲弊の中、さらに震災があり、厳しい時代が続いている。そして世界も混沌として来た。
最近では先進国でもデモが相次いでいるが、日本では何も起きない。日本ほど状況が厳しくなっている国もないのだが、それでも大人しい日本人。
「辛い事でもその状況を楽しめばいいんです」と思っているマゾが増えているのではないだろうか?
私は戦いを挑みたいと今は思っています。
見方を変えると物事が違って見える。
貴方は下の絵が若い女性に見えるだろうか、それとも老婆に見えるだろうか。

若い女性だと思い込むと、老婆には見えない。
実は、どちらも正しく、どちらも間違っている。世の中には、そういう事が存在するのだ。
しかし、別の見方が出来た時、世界は大きく広がる。
これをパラダイムシフトと呼ぶ。
最近私に起きたパラダイムシフトを書こう。
私は今よりずっと若かった頃、バイクに乗っていた。
バイクにも色々あるが、大型バイクなら100万円以上する事が多い。
これを聞いてどう思うだろうか?高いと思うのではないだろうか。実際、私も高いと思っていた。
それは車と比較してしまうからだろう。バイクには1人か2人しか乗れないが、車ならもっと乗れる。屋根も付いているし、大きい。そう考えると車の価格と遜色ないバイクがどうしても割高に思える。
さて、私の知っている人に車とバイクの両方が好きな人がいる。
彼は私とは全く違う見方をしていた。
「時速300km以上出る車はスポーツカーで1000万円以上するけど、バイクならもっとずっと安い」。
そう、出せる速度で比較していたのだ。この見方は私になく、なるほど!と感心した。時速300km以上出せるバイクは確かに150万円程度だ。
パラダイムシフトが起きた瞬間だった。
色々な人がいて、世の中が回っている。
皆が皆、日の当たる場所で活躍出来る世界ではないが、それぞれの役割をしっかり全うすればいいのだろう。
( コラム )
September 05, 2011
私は負けず嫌いで頑固だけど、それなりの優しさも合わせ持っているので、義務教育で教わった程度には、身体障害者に対する人間的慈愛は持っていた。
つまり、身体に不自由な人があれば、それを手助けしたいと思っていた。
ところが、社会に出て、色々な障害者を見る機会があり、その思いが揺らいでいる。
別府には障害者が働く街があり、様々な障害を持った人が自立して生活しているので、他の地域よりも障害者と接する事が多いかも知れない。
私はその街で障害者を実際に見て、色々感じる事があった。世に拗ねている人が意外に多いのだ。身体に不自由があれば、それは仕方がないのかも知れない。
ただ、色々な経緯があり、障害者に対して冷めた見方をする様になってしまった。
そして、今日。あるスーパーで、障害者のトラブルを見た。障害者がお店の人に対し、大声で喚き散らしていたのだ。傍から見ると、クレーマー以外の何者でもなかった。
もちろん障害者以外にも横暴なクレーマーはいるが、障害者は目立つ。

障害者だからと言って、横暴は認められるのだろうか?その横暴さを容認してきた社会の責任は問われないのか?障害者に対する優しさが、障害者の勘違いを招き、余計に差別を生んでいないだろうか?
自分も事故や病気でいつ障害者になっても不思議はない。だが、心まで荒んだ障害者にはなりたくない。
こうなるとは、あの少年に申し訳ない。

よし、頑張ろう。
南通には結局半年程度しか滞在出来なかったが、せっかくなので、南通について少し書こう。

南通は長江の北に位置する江蘇省の街だ。通城とも呼ばれている。
小ぢんまりとしているが、数年前に蘇通大橋という長江に架かる橋が建設されてから発展著しい。上海の中心部から南通までは車で2時間位の距離だ。
主に繊維関係(生地や縫製工場)、造船関係が盛んであり、日本の大手企業も進出して来ている。
ところで、南通は「中国近代第一城」を自称している。
なぜかと言えば、中国が改革開放に舵を切った際、初めに開放された都市の一つだからだ。
南通に30年住んでいる名誉市民の日本人もいるそうだ。
しかし、南通には元々発展する要素があった。
それは、張謇という実業家の力があったからだ。
張謇は南通で生まれ、清の時代に状元になった。状元とは、高級官僚登用試験(科挙)で最も優秀な者に送られる称号である。
さて、ちょうどその頃、日清戦争が勃発し、清は日本に負けてしまった。
その事が張謇を刺激したらしい。張謇は官僚を辞め、実業界に身を投じる。
そして、南通で繊維業を始め、様々な産業を興し、成功を収めた。さらにその財を使って、中国では民間初の博物館や気象台を作り、大学を開いた。
実業を通じて、国を救いたいという思いだったそうだ。
今でも南通は教育に力を入れており、中国の最高学府である清華大学、北京大学の合格者を毎年多く輩出している。お金持ちも多い。
文革時代には紅衛兵の標的となり、彼の墓が荒らされたそうだが、そういう混乱期が終わり、南通がここまで発展したのは、張謇の力が大きいのだろう。
郷土の誇りである。
( コラム )
February 13, 2011
日本は未だ不景気の様である。
私が社会に出るちょっと前から今まで、正直ずっと不景気だった様に思う。
ここ数年はずっと中国にいるが、日本向けの商品に携わっているから分かる。最近は尻窄み状態だ。
日本はデフレと言って、安い商品しか売れなくなって久しいらしい。
中国は、と言うと、インフレ気味だ。
物価も上がっているが、所得は倍増し、自動車等も売れている。中国でも普通のサラリーマンが車を買う時代になった。景気は悪くない。
だから、やり難い。
景気の良い国で、景気の悪い国のオーダーは魅力が薄い。
近年、日本の企業は、「価格競争に勝つため、安い商品は中国で作る」姿勢だった様に思う。
次に新興国の企業が伸びて来ると、「価格では勝てないから付加価値のある商品を作る」姿勢になった。
しかし、それは積極的にそうなった訳ではなく、仕方なくそうなっただけ。にも関わらず、テレビ等で専門家も「日本企業は高付加価値の商品作りを」と言っていた。
ところが、肝心の付加価値のある最先端の高価な商品が余り売れない。
日本は不景気で売れないし、海外の他の先進国でも景気が良くない様で売れない。
景気の良い中国等の新興国では、「日本企業の商品は高すぎる」と敬遠される。
中国では、そこそこ品質が安定して、価格もさほど高くない商品が売れ易い。バランス良くトレードオフした商品。
そして、日本の企業のシェアはここ数年で激減し続けている。
日本ですら売れているのは、中国製の安価な商品なのだ。
私が中国で電動自転車を買う際、ヤマハ製も候補だった。
しかし、中国メーカー製に比べ、値段が60%以上も高かったため、止めた。
もしも30%高い位だったら、ヤマハを選択していたかも知れない。同じ様な選択をする中国人は多いはずだ。
がんばれ、日本っ!
フォントとは字体の事である。
私は世を忍ぶデザイナーではあるが、フォントには拘ってる。
なぜフォントに拘る様になったかと言えば、中学校の美術の授業による。
課題で、フォントを学び、最終的には陽刻で自分の印鑑を彫った。
その時学習したのは、単純なゴシック体と明朝体だが、印鑑は隷書体風だったと覚えている。
しかし、この時からこの世にフォントがあると認識し、それ以降フォントに拘る様になった。
日本の広告を見ると、フォントに拘っている場合が多い。
広告のイメージによって、フォントを使い分け、場合によってはフォントをゼロから作る。
デザイナーの拘りが垣間見える瞬間だ。思わず目が行く。
私もデザインをする際にフォントに拘るが、フォントをゼロから作る事はまずない。
フォントをゼロ作るには大変な手間が掛かるのだ。見易さ、デザイン性、そして統一感。
有難い事に、作ったフォントを無料で公開してくれる方もいるが、売られているフォントは大抵高価である。
私は中国に住んでいるので、普段目に入るのは中国の広告やロゴだ。
中国では残念な事に、フォントに拘っているデザイナーは少ない様だ。
使われているフォントは実に少ない。殆どが、普通のゴシック体か、これまた普通の明朝体、或いは中国らしく行書体である。
要するに、パソコンに初めから入っている様なフォントだけだ。
本当は拘ったフォントを使っていても、実際の現場では再現されず、普通のフォントが使われている事も多々ある。

場合によっては、レストランのメニューのフォントに隷書体何かが使われていたりする。何ともがっかりだ。
聞けば中国の学校では、所謂5教科以外には全く力を入れていないらしい。
そんな訳で、中国でもフォントに拘るデザイナーが生まれる事を願っている。
さて、フォントはデザインだけでなく、文章の読み易さにも大きな影響を与える。
特に最近は、携帯電話等のガジェットが多いので、その影響は計り知れない。
見難い、そして醜いフォントを使ったガジェットだと失望してしまう。
見易くて、かつお洒落なフォントと言えば、マッキントッシュやiPhoneに採用されているヒラギノだろう。

こんなフォントを見てしまうと、それだけでそのガジェットが欲しくなってしまうのは私だけだろうか?
年賀状を頂くこの時期、皆さんもフォントに注目して頂いては如何だろう。
今年もこの季節だ!
本年度の受賞は?
ショーパンこと生野陽子!

フジテレビのめざましテレビのメインキャスターに抜擢され、今後の更なる活躍が期待される。
子供の頃から知っているだけに、テレビを観るのが楽しみだ。
今回はこれだけ。
受賞された方へ、ささやかなお祝いをお贈りしたい。
( コラム )
December 29, 2010
些かタイミングが遅れてしまったがこのネタを書こう。
唐駿をご存知だろうか?

日本とアメリカに留学し、マイクロソフトの幹部にまで上り詰めた中国人で、今はアメリカの国籍を取得している大金持ちの成功者だ。
また彼は「プリクラ(中国では大頭貼と呼ぶ)」と「カラオケ採点機」を発明したと言う。
私はその事を中国の雑誌で初めて知った。その後あるテレビ番組でもそう発言していた。
それが事実なら大した才能である。しかし、私は不思議に思っていた。
プリクラとはプリント倶楽部の略であり、元々アトラスのある若い社員が発明した物だったはず。女子高生の間で一大ブームとなったのは、私がまだ中学生だった頃か。
15年前に発明したとされるカラオケ採点機は不明瞭だったが、調べればすぐに分かる。日本では30年以上前から採点されているのだ。
自身の成功論をなぜこの様に表現するのか理解に苦しむ。
元々このネタは、唐氏が嘘を言っているのではないか?と疑問形で終わる予定だった。
しかし、タイミングが遅れたお陰で、その様な終わり方にはならない。
なぜならばそれは、私と同じ疑問が現在中国国内でも指摘されているからだ。
加えて、彼には学歴詐称の疑惑まで出ている。
これに対する唐氏の反応は、「一人を騙すのは簡単だ。しかし、全ての人を騙せるのは一つの成功の能力だ」らしい。
おいおい、騙せてないじゃん。
成功者って本当にこんな考え方で生きているんだろうか。呆れる他にない。
追記;
方舟子という人が彼の学歴詐称等を告発したのですが、この方舟子氏は敵も多く、恨みを買って殺されかけたそうです。
恐ろしい事ですね。
HTML5をご存知だろうか。
現在インターネット業界で話題になっている事の一つだ。
普段インターネットをする際にはブラウザと呼ばれるソフトでウェブページを閲覧する。
ウェブページでは、文字の修飾やレイアウトが出来るし、写真を見る事も出来る。
それら文字や写真等をどの様に表示するかという事に決まりがなければ、ウェブページを作る側も困る。
当然それらは今でも定義されているが、その定義も時代に合わせてどんどん新しくなっている。
HTML5とはその新しい定義の事。
新しい定義が出来上がり、作る側がそれに対応する事で、より良いウェブ体験が生まれる。
しかし、すんなりとは行かないのが世の常。
大人の事情やビジネス上の対立等で、議論がなかなか進まない様なのだ。
SVGという画像形式がある。
今現在ブラウザに拠っては対応していない画像形式だが、HTML5では標準になるらしい。
SVGはベクター画像だ。画像にはベクターとビットマップという二つの概念があるが、ベクターは拡大してもぼやけないのが利点だ。
上に画像が表示されただろうか?これは、SVGで描かれている。
プラグインなしでちゃんと表示出来たとしたら、貴方の使っているブラウザは進んでいる。
表示されないとしたら、貴方の使っているブラウザは時代遅れだ。早々に他のブラウザに乗り換えた方がいいだろう。
古臭いブラウザを使い続ける意味もないし、損をするだけだ。
追記;
携帯ブラウザのオペラミニでもSVGが表示出来たー!

すげー!ベクターじゃないけど、流石オペラ!
本当に久しぶりに香港に行きました。
行く事が少なくなった香港。行っても特に何もないので。
今回は前から行きたかった昂坪の天壇大仏へ。香港には何度も行っていますが、ここは初めて。
以前は歩いて登るか、車で近くまで行くしかなかったそうですが、今はロープウェイがあります。
羅湖から列車と地下鉄を乗り継いでロープウェイまで。
後はあっと言う間に着きます。

大仏は世界最大と聞いていましたが、中学生の頃修学旅行で見た奈良の大仏の方が大きかった様な?子供の頃の記憶ですからあいまいです。

そう言えば、別府にも大仏が昔あったんですよね。
香港の田舎の方と思っていましたが、人の多さにびっくりしました。
自然環境も良く、交通の便も良いので住む人も多いのでしょう。
地下鉄駅とロープウェイの間には最新のアウトレットもありました。

買い物がお好きな方にも良いですね。
帰路、沙田のショッピングモールへ。
西友で日本の調味料を買いました。こんなのは中国で買うより安いですね。
ついでに、これまた久しぶり。フレッシュネスバーガーを食べました。

夕食は深せんの酒菜屋です。
私が中国で食べた日本料理で一番美味しい店だと思います。名前の通り、お酒好きにはもっと良いかと。
深せんに出て来た時は、ほぼ毎回行っています。
こんな感じで週末は疲れて過ぎます。
手持ちの香港ドルもとうとう使い果たしてしまいました。
ホットトピック。ジーの件。

上の画像の数字を入力すると! 何かが起こる?
テキトーな会社がある。と言うよりも、テキトーな業界と言った方がより正しい。
泥臭いが日本経済の発展と共に大きくなり、古い考えのままでも何とかなって来た業界に多い。
1000人を超える従業員がいる大会社でもお粗末な教育システムだったりするから驚く。
転職してから2年半が過ぎた。
最近では今までの業務以外の事もやる様に言われ、在庫と発注管理のシステム操作をやり始めている。
事務所内には以前日本人から教育を受けた操作員がいて、言わば彼らが私の教師だ。
そんな中驚く事があった。
社内システム自体はどこかのソフト会社が作ったオリジナルだが、そのソフトだけでは解決出来ない、要するに判断出来ない様な事は人が判断するしかない。
それはそれとしてしょうがないのだが、手計算が面倒なので、色々な場面でエクセルを使う。
そのエクセル表を見た上で判断する訳だ。しかし、その判断の前に、エクセル表を決まり切った手順で加工する必要がある。
その加工を今までは全て手作業で行っていたのだ。結構時間の必要になる作業である。
決まり切った形なら、マクロを使えば速い。圧倒的に速い。エクセルに始めからオマケで付いている機能だ。
関数にしてもそうだった。決まり切った関数しか知らない。意味も分からないので全く応用が効かない。
早速マクロを使って作業を記録し、関数ではIF等を使う様にして、作業効率を上げた。他のメンバーにその方法も教えた。
今まで操作していた側からすれば楽になったはずだが、正直面白くないだろう。「結果が正しいかどうか不安だ」と来た。人は自分の過去を否定されるのは辛い。
難しい事ではない。知ってしまえば誰もが出来る操作だ。知識があるかないかで差が出る世界とは!
しかし、必ずしも彼らを責められない。もう一度言うが、彼らに操作を教えたのは、経験のある日本人だった。
その日本人がその様な効率化の方法を知らなかったのか、教えなかったのか。
それであれば会社の教育システムにも問題があるし、それが普通で罷り通ってきたのだろう。
実はマニュアルも無く、OJTだけだったそうだ。しかし今では自分達自身でマニュアルを作る程の優秀さ。これには感心する。
私自身、エクセルの使い方を勉強したのは業務上やインターネット上でだ。
業務で習い、自分で使って、分からない所があれば調べる。
そうやって覚えて来た。まだまだのレベルだが、今でも日々勉強中だ。元来面倒臭がり屋なので効率を上げる方法を覚える事が大好きだ。
当然快く教えて下さる方がいなかったら、しかし難しかっただろう。
考えてみれば惜しい話だ。
マクロや関数を使う事で効率を上げられるのに、それを使わない。
10分/日/人、それで効率が上がったとする。従業員が1000人いるとする。時給1000円で考えると、年間で何と3000万円以上の節約になる。
コスト削減にならないとしても、10分早く帰る事が出来る。
社長が良い人なら従業員に3万円ずつ渡しちゃってもいいかも知れない。
エコにも良いはず。
以前にも書いたが、昔から見れば、仕事の効率は圧倒的に上がって来ている。
なぜもっと早く帰れないのか?1日8時間も働く必要があるのか?
早く帰って趣味に没頭したり、家族や友人と過ごしたり出来ないのか?
あるいは仕事時間が同じなら効率に連動して給料が増えないのは可笑しくないか?
兎に角!労働者諸君!がんばりましょう!
( コラム )
February 13, 2010
2月でこのブログが6周年を迎える。
何だかあっという間だった。
2003年に世界一周をしている頃から構想し、帰国後すぐに取り掛かった。
当時ブログはまだ少なかったが、今では芸能人までもがブログで結婚を報告する始末。
ブログを作るに当り、障害は全く無かった。
ホームページの開設自体は1999年から始めていたので、そこそこ知識もすでにあったからだ。
今回はその事について語りたい。
ホームページを作ろうと思った切っ掛け。それはコンピューターの勉強をしたかったから。
当時コンピューターの事は全く分からなかったが、今後は仕事にも必要になると思っていたので、ホームページを作る事で、画像処理等を含め、総合的な知識が手に入ると思ったのだ。
それは強ち間違いではなく、開設当初はテーブルすらも知らず、文字を並べただけだったが、今ではネットワークやプログラミングの知識も増えた。Flashも使うようになった。
思った以上に応用も効くみたいで、仕事に使うエクセル何かでも、活かされている様に思う。
当時はホームページ作りが知識取得の為の手段だったが、いつしか目的となった。
よく「手段であって、目的ではない」と言うが、これは反対だ。面白い。
本年度もこの季節がやって来たっ!
マウントパインドットコムアワード2009!今年の受賞は!
まずは、E71!

今まで使った数多くの携帯の中で最も優れていると感じるスマートフォンである。
再びノキアに目を向けさせてくれた。
そして、海外携帯の進化を見せ付けられた。
現在は後継機のE72が市場を席巻している。
これからも注目だ。
続いて、エネループ!

今更である。
しかし、普通の充電池ではない。進化した充電池だ。
中国製の電池と比べれば分かる。
充電頻度が間違いなく激減する。驚く程長く使えるのだ。
三洋はパナソニックと再びくっついたが、これからは自動車用電池の競争が激化するだろう。そんな中で技術力を見せてくれた。
十年後は多くの自動車でパナソニックの電池が使われている事だろう。
ラストは、三沢光晴!

似ているとよく言われた。
目を閉じるとスパルタンXが聴こえて来る。
ご冥福をお祈りしたい。
暗いニュースが多いのは、マスコミの重大ニュースは暗いと決まっているから。
インターネットが普及した今、面白いニュースや痛いニュース、明るいニュースも調べれば沢山出てくる。
今後に期待したい一年となった。
今回は以上。
賞を受賞した方々には、ささやかなお祝いをお贈りしたい。
( コラム )
December 26, 2009
中国の不動産価格がまた上がっている。
都市部を中心に上昇傾向が続く。中国が完全に勢いを取り戻した感じだ。
バブルとも言われるが、私の周りのごく普通の中国人サラリーマンも資産家になっている。年収は日本円で100万円程度かと思うが、その10倍以上の1000万円を超える不動産資産を所有している。彼らの多くは値上がりする数年前にマンションを購入し、財を築いた。買った当時に比べ値段は数倍に高騰しているそうだ。
こういう話を聞くと真面目に働くのが馬鹿らしくなる。寝ていたら資産が何倍にもなるのが今の中国なのだ。
日本ではバブルの時代に本業を疎かにした会社の多くがその後潰れ、未だに苦しい状態だが、中国の勢いはそんな事を凌駕している様に思えるし、皆そう信じるのがバブルというものなのだろう。
香港とマカオ、珠海を繋ぐ世界最長の橋の建設も始まった。周辺海域には白イルカが生息しているそうだが、エコだどうだと誰も騒がない。騒いだ所で掻き消されるだけだろう。グリーンピースもシーシェパードも来ない。
日本は何かを始めようとすると擦った揉んだで騒ぎ、開発は停滞するが、中国は行動が速い。まるで古代ローマで民主主義が駄目になり、ついに帝政へ移行したかの如く。
民間で言えば、この原理が中国において、日本のメーカー等が苦戦する原因だろう。
広東の工場で働く出稼ぎの中国人も簡単に香港へ個人旅行出来る様になった。
以前は何年も広東で働きながら、ついに行けなかった憧れの香港である。
何れも中国の勢いを感じる出来事だ。
( コラム )
December 23, 2009
私が中国に来て、一番最初に驚いた事かも知れない。
それはスーパーで買い物した時に入れてくれるビニール袋。
中国のビニール袋はやたらと薄いのだ。

薄いから当然破れ易い。だから瓶ビールなど重たい物を買った場合は、二枚重ねにしてくれる。
よく考えると、これはある意味エコかも知れない。軽くて破れない物は薄いビニール一枚、重い物は二枚重ね。理に適っている。エコでもあるし、コスト削減にもなる。
ところで、中国では去年から法律が改正されて、スーパー等で商品を入れるビニール袋が有料となり、サービスとして無料にする事が法律違反となった。
表向きの理由は、エコのためらしい。
今でも無料の所があるが、ほとんどは個人商店。大手のスーパーはまず有料だ。
スーパーにとってはコスト削減になってありがたいかも知れない。有料になった分、ビニール袋が厚くなった所が多い。
お客もちゃんと不織布等のバッグを持って買い物に行く事が増えた。
さて、近所のスーパーは大手だが、お釣りの小銭の代わりに飴玉を渡してくる。私は飴玉なんか要らないので、お釣りの端数分で有料のビニール袋を購入する事が多い。
ビニール袋が有料になるのは我慢出来るが、これは止めて欲しい。
中国のとある地方の国道でよく人身事故が起きており、毎年少なくない人が死んでいるらしい。
また、その国道の近くには学校があるらしく、登下校中の事故も多い。
ところが、その地方の関係当局は大した対策も採っていない。
と、この様な内容を報道するテレビ番組を観た。
当局の対策がないだけでなく、映像を観て判断したのだが、日本ではよくある、例えば保護者や教師が通学路に立って見守る、の様な事は全く行われていない感じだった。
思えば、私が子供の頃には偉い人がいて、その人は私が中学生の時の担任のお父さんなのだが、毎朝通学路に立って、交通整理と挨拶をしていた。もちろんボランティアで、だ。
当時の担任の話によると、父親は夜の仕事をしており、朝から立つのは大変なので、もし立っていなくても理解して欲しい、という事だった。とは言え、私の知る限り、その人が立っていなかった日はない。
そして、今でも実家に帰ると立っているのを見かける。だからもう30年近くになるのではないか。長い間、自分の貴重な時間を犠牲にして地域に奉仕している。本当に頭が下がる思いだ。
ところで、恐らく日本全国津々浦々に同じ様な見返りのないボランティアをしている人がいるだろうから、話は飛躍するが、トヨタか何かがそういう人達にお金を出してもいいのではないかと思う。
中国でも、四川で大地震があった際には多くのボランティアや募金が投入された。だが、こういった泥臭い地道なボランティアをしようとする人はまだまだ少ない様だ。
私がそのお父さんの事を中国人に話すと、非常に驚き、「もし中国にそういう人がいれば報道されて、一躍有名人になるだろう」と言っていた。
我々日本人は、偉大な人達に守られて育ったんだな、と思う。
今年もこの季節がやって来た!
今年2008年の受賞は?!
まずは、2NN!

ネットでニュースを流し読みするならこのサイト。
私が今年最もアクセスしたサイトではないだろうか。
最新ニュースからスポーツ、芸能ニュースまで、軽く読める。
テキストがメインなので、パケットの気になるモバイル環境でもイケる。
次に、OperaMini!

モバイル用フルブラウザである。
高速で読み込め、携帯からサクサクネットにアクセス出来る。
このソフトに助けられる事が多かった一年だった。
最後は、EeePC!

このネットブックパソコンの登場でモバイルパソコン市場が大きく動いた。
各社が相次いでネットブックを発売し、格安でモバイル出来る道が開けた。
長い間、日本に帰っていないせいか、海外でも充実したモバイルというのがテーマになった。
より便利に、より楽しく、より安く進化した一年だったと思う。
以上で、マウントパインドットコムアワード2008の発表を終える。
なお、賞を受賞した方々には、ささやかなお祝いをお贈りしておく。
( コラム )
December 14, 2008
インターネットが世に広まって、ブラウザと言えば、マイクロソフトの「インターネットエクスプローラ」だった。
もちろん他にもあったが、影が薄く、このソフトの優位が揺らぐ事はなかった。
しかし、最近になって状況が違って来ている。
まず、「Firefox」。バージョン3がリリースされ、より多くの人が利用するようになった。
そして、元々はマッキントッシュ向けだった「サファリ」。
この二つは今現在、私も利用している。これらを暫く利用して、インターネットエクスプローラを使うと、違いに驚く。
インターネットエクスプローラが余りに使えないのだ。スピード、機能が丸っきり違う。それが新しいブラウザがシェアを伸ばしている理由であろう。
そして今回、グーグルが独自のブラウザをリリースした。その名は「Chrome」。

まだ新しいブラウザを使った事のない方には、これらをぜひお勧めしたい。
ただ、マウントパインドットコムを含め、ほとんどの日本のサイトでは問題ないが、一部中国等のサイトでは、独自の設定のためか、新しいブラウザだと正常に閲覧出来ない場合がある。
ネットがどんどん快適になるのは喜ばしい事だが、これからはその快適さが当たり前になるのだろう。
未来がどうなるかなんて想像すら出来ない。
( コラム )
September 04, 2008
勢い、それは巨大な車輪の様だ。
現在オリンピック開催中の中国には、間違いなくその勢いがある。
環境破壊、軍備拡張、チベットや東トルキスタン、食、人権。
挙げればいくらでも挙げられる中国の問題。
だが、そんな問題を巨大な車輪は吹き飛ばし、呑み込み、踏み潰しながら進む。
どんな問題が起きても、止まらない。
不動産に投資した多くの中国人が資産を築いた。
株に投資した多くの中国人が資産を築いた。
一方、長い不況に喘ぐとある国では、努力が実らず資産を減らした。結果論だが、減らす前に中国に来て、投資していれば、楽々儲かった。
時流の勢いに乗る、とは恐らくこういう事なのだろうと最近理解した。その車輪の勢いに乗るのだ。
馬鹿でアホな連中が、あっという間にお金持ちになる。
大した努力もない?と言うより、努力して金持ちになってもいいが、勢いに乗れば、それはあっという間なのだ。
日本の高度成長期やバブル期もそうだったのだろう。
もちろんいい話ばかりではない。
中国は世界中から叩かれているし、最近では不動産バブルが弾け、株も暴落している。
これから先も問題が次々に噴出するだろう。
一先ず宴は終わったが、自分が少し賢くなった様に思う。
上海に関する話題、再び。
発展を続ける上海で、日本の森ビルが高層ビルを建築中だ。
現在でも既に周囲で一番高い状態だが、これが完成すれば中国大陸一の高さとなる。
さて、このビルは、上層の方に逆台形の穴を開けたユニークな形をしている。

聞いた話になるが、当初、この穴は真ん丸になる予定だったらしい。


ところが、丸だと日の丸を想起させる、という理由で、現在の形になったそうだ。
これは自主規制ではなく、当局の指導があったとの事。
日本は、日本人は、政治でもビジネスでも、中国では堂々としてはいけないのだろうか。
久しぶりに上海へ行った。
私が上海を初めて訪れたのは、もう10年以上前だが、当時は今と違い、本当に大した事がない所だった。
虹橋空港も、「これが中国最大の都市の空港か?」というレベルだったし、例のテレビ塔以外に目立つ高層建築もなかった。
ところが、現在の上海の発展振りは、本当に凄まじい。
上海に来ると分かるが、「日本」がかなり幅を利かせている。
日系企業も大小問わず数多く進出しているし、日本料理店を始め、日本にある物で上海にない物を探すのが難しい位だ。

日本人だけをターゲットにした商売も数多い。
ところで、私が今住んでいるのは、中国南方の広東省だ。
広東も大いに発展しており、深せん等では、物価や給与水準が上海よりも上だが、上海に比べ、日本人の元気がない様に思う。
広東省は、以前から香港人が開拓して来たのが理由だろう。日本人が入り込む隙間がないのだ。
商売等でも上海と違い、香港人をターゲットにした物は多いが、日本人は全く相手にされていない。
現在、中国の経済の中心地として、上海を筆頭にした華東勢力と香港を含む華南勢力が争っている。
上海がそれに勝利すれば、上海寄りの日本によっては良いかも知れない。
中国のテレビでも、たまに日本のドラマを放送している。
映画等でもそうなのだが、中国人は、音声が外国語のままで、中国語字幕なのは嫌いなのだろう。大抵の場合、音声は中国語に吹き替えられている。
たまたまだが、最近そういった日本のドラマを観る機会があった。
つまり、ドラマの中で、各日本人役者は中国語を話している。
それを観ていると、違和感を感じた。
日本人はよく礼儀正しいと言われるが、ドラマの中でもしょっちゅう「ありがとうございます」や「申し訳ございません」等の台詞が出る。その事に違和感。
恐らく日本語のまま聞けば違和感はないのだろうが、中国語で聞くと異常に感じるのだ。
それは、中国では、その様な礼儀正しい言葉を聞く機会が少ないからだろう。
中国人は自分の間違いを認めない、謝らない等とよく言われるが本当だ。毒餃子然り。
だから、簡単に謝ったり、丁寧に感謝する中国語の場面が出てくると違和感があるのだ。
この違和感は、山東から広東に出て来た時にも感じた事を思い出した。この場合は違和感ではなく、心地良さだったかも知れない。
広東は香港に面しているせいか、大分前から外国慣れしており、中国では比較的サービスレベルが高いのだ。
外国ドラマの台詞に違和感が無くなった時、中国のサービスレベルもまともになったと言えるだろう。
友人が遠方から来た。
大した持て成しも出来ず、申し訳ないまま帰してしまった。
中国において、これでは駄目である。
というのも、中国人は持て成しにかけては凄まじい。
昔からだったのではないか。孔子が言っている位なのだ。
私の知る限り、毛沢東が行った事のある外国はソ連だけだ。
ニクソン大統領も、田中角栄首相も、皆北京を訪れ、毛沢東に会った。
毛沢東に言わせれば、「俺が偉いから大統領もわざわざ会いに来るのだ」だろう。
しかし、偉いと威張るだけではなく、来た人は持て成す、というのが中国人。
私も初対面の中国人から、相当な御持て成しを受けた経験があるから分かる。
日本から中国に訪れる要人も、随分持て成されている事だろう。
逆に、持て成せない様な事があれば、彼らにとって大きな恥となる。
外交や商売であれば、相手のペースに飲まれない様に注意するべきだし、それが友人関係の事であれば、今度はこっちが持て成せば、と大いに楽しめばいいと思う。
これから中国との交渉事は益々増えて来るだろう。
まずはお互いに言いたい事を言うのが中国式だ。それを真に受けてはいけない。相手にしない。
その後は、会いに行くのが相手の顔を立てる事になる。その時、持て成されたからと、怯んではいけない。中国では当たり前の事なのだ。
「このままじゃ帰れない」「今度はこちらの顔を立てて欲しい」と譲歩を引き出す。
駄目だったら、担当者を変えて、再び接触する。
どうだろうか。
中国に住む日本人として、中国人の日本人観を変えたいと思っている。
日本人が、強かな中国人の如く交渉上手に成れる日は来るのだろうか。
( コラム )
February 13, 2008
何年も前の話になるが、「ザ・ゴール」という外国人の書いた本を読んだ。
工場の生産効率を上げる内容だが、小説形式になっており、読み易い。
効率を上げる目的は、現状では時間のかかる仕事を早く終わらせ、家に帰り、家族とより多くの時間を過ごす為だと言う。
考えて見ると、私もパソコンを使い仕事をしている。
そういった機器を使う事で、10年20年前には数日必要だった仕事が、僅かな時間で終われる事もある。
ところが、今でも早く帰れるどころか、毎日残業ばかり。酷い場合には、土日出勤もありえる。もちろん給料は相変わらず、だ。
仕事の効率は、過去に比べ遥かに上がったが、仕事の時間は減っていない。
パソコンが普及していなかった時代。しかし世の中はちゃんと回っていた。
理由は簡単だ。
パソコンを使っているのは私だけではない。他人も使っている。
他社でも効率を上げた。それが普通になった。
人は、効率を上げても幸せにはならなかった訳だ。少なくとも私は。
私にとっての「ゴール」とは何なのだろうか。
今年もマウントパインドットコムアワードの時期がやって来た。
2007年の今回は、特に順位を設けず、三つ選びたいと思う。
まずは、ホワイトプラン!

昨年は叩かれたソフトバンクの、新しいプラン、ホワイトプランが受賞!
携帯が月に980円で使える時代になった。中国よりも安い!
日本は世界で最も通信費の安い国ではないだろうか。
最近では加入者が大幅に増えているとの事。
そして、GoogleApps!

またもグーグルが!
GoogleAppsは、使ってみなけりゃ分からない!
これを使いこなせば、仕事の大幅な効率アップが見込めるだろう。
大企業はセキュリティ等を憂慮し、導入を躊躇うだろうが、中小企業にとっては非常に良い選択肢になると思う。
最後は、アル・ゴア元アメリカ合衆国副大統領!

少しの間だけアメリカの大統領だった氏が、この様な活動をしている事は、「不都合な真実」というドキュメンタリーを観て初めて知った。
「地球温暖化」、という言葉自体は、私が小学生の頃からよく聞いていたと思う。
環境破壊の激しい中国で、製造に関わっている身から、「我々は自然や環境をお金に変えているのではないか?」と思う事がたまにある。
かつてロッキー山脈の氷河に行った際、その氷が確実に溶けているのを目の当たりにした。
とりあえず、多めに歩こうと思う。
以上で、マウントパインドットコムアワード2007の発表を終える。
なお、賞を受賞した方々には、ささやかなお祝いをお贈りしておく。
( コラム )
December 15, 2007
今や猫も杓子も中国中国。
世界中から発注が入るからか、中国側は強気の商売をしている。
小さなビジネスだと馬鹿にされて、相手にされない事すらもある。
近所のスーパーに行けば、長蛇の列だ。地元資本のスーパーで、お世辞にも褒められないレベルのスーパー。日本だったらすぐ潰れそうな。

それでもお客が殺到するのだから、それはそれで良いのだろう。
中国は売り手市場と言えそうだ。
日本では長い不況で、どこの会社でも「少ロット多品種」で、少しでもリスクを回避し、売り上げを増やそうともがいている。
キツイし儲かりにくいが、それでもやる所が多い。
日本では買い手市場みたいだ。
中国で作って、日本で売る!のがスタンダード。
あれ?逆の事してないか?
中国は売り手市場、日本は買い手市場。
だったら、買い手が有利な日本で作って、売り手が有利な中国で売った方がよくね?
と思いました。
( コラム )
November 01, 2007
中国製商品の品質や安全性が世界中で問題になっている。
そんな中、母親の実家に行った際、恐ろしい程古い扇風機が現役で働いていた。
恐らく20年は使っている。ナショナルのマークが骨董品レベルだった。
翻って中国。買ったばかりの扇風機は一ヶ月もしない内に壊れ、動かなくなった。
確かに安かったが、これでは意味がない。安かろう悪かろう、である。
三洋の扇風機が発火したらしいが、それらは何と、30年以上前の扇風機らしい。今まで動いていた事の方が驚きだ。
職人気質で品質に拘る商品と、目の前の利益を追う安かろう悪かろうの商品。
さて、貴方はどちらを選びますか?
( コラム )
September 27, 2007
夢を叶えた瞬間、というのが誰にでも一度はあるはず。
私も、2003年から2004年初頭に掛けて、念願だった世界一周旅行が出来た。
韓国、アメリカ、カナダ、ドイツ、チェコ、オーストリア、ハンガリー、ルーマニア、ブルガリア、トルコ、ギリシャ、スイス、イタリア、インド、シンガポール、と十数カ国を歴訪した。
一つの夢を叶えた時間だった。
今回そのルートを、ITの力を借りて、少しだけ再現したい(GPSルート表示)。
こちらをダウンロードして頂くと、グーグルアース上でも楽しんで貰える。と言うか、グーグルアースの方が断然面白い。

夢を叶える、とはいいものだ。
( コラム )
September 16, 2007
以前にも書いたが、中国の広州に、沙面という所がある。
アヘン戦争後、イギリスとフランスが租借した、川を埋め立てて作った中州だ。

上海のそれよりは、規模も小さいが、瀟洒な西洋建築が並び、ちょっとした観光地として、私は好きだ。

ちなみに、彼の国の偉大なる将軍様も、訪中の際に、ここにある高級ホテルに宿泊したらしい。
毎回の事だが、ここでは、数多くの西洋人夫婦達が、中国人らしき赤ん坊を抱いているのを見る。
集団である事から、恐らく何らかの業者が、この「特殊な養子縁組」に介在していると思われる。
今回、出張の際に、再びここに宿泊したが、また居た堪れなくなってしまった。
悪く言えば、子供を売る親と買う親。生みの親と育ての親。
子供達はどう育つのだろう。
( コラム )
September 09, 2007
とある理由があり、久しぶりに中学レベルの数学の練習問題をやった。

当時、「こんなのが何かの役に立つのか?」と思っていた。同じ様に感じていた人も多いかも知れない。
数学には、様々な公式がある。その公式は、それぞれに深い理由や歴史があって、公式となったのだろう。
しかし、10年以上経って感じたのは、とにかくまずは形から入る、という事。形が出来れば心が入り、心が入れば、自ずから意味も分かる。
「なぜそうなるのか?」と疑問を持つ事も大切だが、それだけだと、そこで停滞してしまう。
以前、数学が得意な人に、「何の役に立つの?」と聞いたが、「そんなの考えた事がない」とハッキリ言い切っていた。
例えば、楽器にしても、素直に練習した方が早く上達する。音楽理論も深いのは間違いないが、一々疑問を持つと、そこで上達が止まる場合が多い。練習しなけりゃ上達しないのは当たり前だ。
続けて行けば、意味が分かる日が必ず来る。そう思う。
世界一周旅行の7カ国目は、ハンガリーだった。
予め調べておいた、テレサハウスという日本人旅行者に有名な宿に泊まるつもりで、ブタペストに到着した。
駅に降り立つと、「うちに泊まれ。」と男が近づいて来た。ヘレナハウスなる宿の客引きで、宿主の息子だと言う。
この男の話によると、テレサハウスはすでに無くなったらしい。
結局この男に付いて行ったのだが、後にも先にも、客引きに付いて行って良かったと思ったのはこの時だけで、宿には満足した。
こういった日本人宿泊客が多いゲストハウスは世界中にある。事前に情報を仕入れておけば、苦労せず泊まれるし、現地の情報も手に入れ易い。また、宿泊代もリーズナブルな場合が多い。
晩になって、ハンガリーで有名なフォアグラを食べに行こうと、同宿の日本人を誘ったが、誰も付いて来なかった。
長期の旅行者が多いので、金銭的にシビアになっている場合が多く、財布の紐が堅いのである。
私も一人でそこそこ高級ぽいレストランに入ったものの、なぜかフォアグラがなく、食べる事は出来なかった。
上記の如く、こういった宿に泊まっている連中は、数ヶ月かけて旅行している場合が多く、ユーラシア大陸を横断中だったり、何度目かのハンガリーだったりして、旅行経験豊富なツワモノ揃いである。
食事を終えて、今後の予定について話している時、彼らに驚くべき忠告を受けた。
私はハンガリーから南下し、ギリシャまで抜けた後、スイスとイタリアに行く予定にしていた。スケジュール的には、クリスマス頃にイタリアに入る予定だった。
彼らは、「クリスマスにカトリックの国に行くのは止めた方がいい。なぜならバスとか列車等の公共交通機関は全て一週間位ストップするからね。」と言う。
だから、クリスマスが終わるまでは、ハンガリー等の物価の比較的安い国でのんびり過ごすべきだ、と。イタリア等の物価の高い国で、足止めを食らうと日々の宿泊費が高くつくという訳だ。
彼ら自身も、あと1ヶ月はハンガリーで過ごすらしい。
ところが、私は動き回らないとイライラする性格。
彼らの忠告には耳を貸さず、その後も旅を続けた。
結果を言えば、彼ら旅のツワモノが言っていた事は、幸いにも出鱈目だった。
スイスでも、イタリアでも、列車もバスもしっかり動いていた。唯一ミラノの地下鉄が動いていなかったが、原因はストライキだった。
単なる噂話だったのか。
興味を持った事柄はとことん調べる、というのが私のもう一つの性格である。
しかし、世の中には、噂話や、よく調べてもいない事を、事実の様に言う連中もいるという事。
自分を信じた結果、良い事も沢山あった。
フィレンツェで迎えたクリスマスには、素晴らしい出会いがあり、彼らとは2008年のクリスマスに、彼の地で再会する約束をしている。

また、バチカンでは、当時の法王パウロ2世に祝福を受ける事が出来た。
情報化社会になる、と子供の頃から言われて育った。
確かに今では、様々な情報が瞬時に公開され、求めれば誰しも得る事が出来る。
しかし、そんな社会でも、初めから情報を求めない者や、溢れる情報の正否を判断出来ない者、振り回される者、そして情報を得ても行動しない者は、情報化社会においても、結局回り道をせざるを得ないだろう。
情報を求め、正否を判断し、活用する。情報が価値を持つとは、そういう事である。
ロス暴動があったのは、1992年。私はまだ中学生だったが、テレビに映った様子を覚えている。
事件は、中学生でも分かる程単純だった。
白人警官が黒人を暴行し、黒人の怒りに火を着け、さらにその警官達が裁判で無罪になったため、黒人の怒りが爆発した事件。
つまり、黒人の標的=白人、というのが構図のはず。
ところが、なぜかテレビのニュースでは、アジア系の人間が、黒人に向かって銃をバンバン撃っている様子が流れていた。

当時は、その理由がよく分からなかったが、数年前から韓国人と関わる事が多くなり、色々と学ぶ中、ロス暴動のあの奇妙な様子が理解出来るようになった。
実は、あのアジア系の人々は、韓国からの移民だったらしい。
ベトナム戦争参戦による褒章の意味や、兵役逃れのため、アメリカに移民した韓国人は多い。
最近では、アメリカ等で子供を産むために短期渡航する韓国人も増えているとの事だ。
そして暴動以前から、韓国系の移民と黒人の間にはいざこざや確執があり、暴動をきっかけにそれが表面化し、黒人から集中的に狙われたという。
私の個人的経験でも、韓国人は往々にして民族的意識も高く、個性も強いと感じるので、周囲に馴染めない事が多いのかも知れない。
そして今回、韓国人の学生がアメリカで銃の乱射という事件を起こした。

韓国では、この事件により、アメリカで韓国人の排斥運動が起きる事を懸念しているという。
動機は不明だが、外国で犯罪を起こせば、同国人全てが同じ目で見られる。
母国の矜持を捨てて海外では生きれない。
マウントパインドットコムアワードとは、有形無形を問わず、昨年一年において、優れた人、物、サービスに贈られる賞である。
選定はマウントパインドットコムが行う。
栄えある第一回(2006年)、第一位は?!
ウィキペディア!

ネット上の百科事典。最高の知識集合体。溢れんばかりの知識、それがリンクで次々に繋がる。
人間の知的好奇心を間違いなく満たしてくれるサイト。満足できなきゃ自分でも作れる。
そういった運営スタイルも、ネットの可能性を感じさせる。
いつも利用ばかりじゃ悪いので、マウントパインドットコムも二回ほど寄付している。
第二位は、Gmail!

恐らく、現在地球上で最も優れたウェブメールであろう。
特大容量、Ajax、ユニコード、そして新しい概念のラベル管理。
ウェブメールが登場して久しいが、何故今までこれが無かったのか、と思わせる。詳しくは、Gmailの使い方で確認して欲しい。
現在は招待も不要で、これを使ったらHやYのメールなんて使えない。流石はマイクロソフトとヤフーを倒したグーグルだ。
第三位は、mixi!

昨年は良くも悪くもmixiだったと思う。
SNS自体はmixi発ではないが、匿名性が前提だったネットの逆を突いた。
まだまだ課題の残るサービスではあるが、今後が楽しみだ。
以上で、マウントパインドットコムアワード2006の発表を終える。
なお、賞を受賞した方々には、ささやかなお祝いをお贈りしておく。
滋賀には何もないが、人材がいる?!
伊藤忠、丸紅、トーメン、高島屋、大丸、西武、日本生命、ヤンマー、ワコール。
これら大企業は、全て近江商人の流れを汲んでいる。
本日は、近江商人の資料館を梯子した。
近江商人は、異邦人が故に嫌われた側面もあったらしいが、「三方よし」という今でいう「ウィンウィン」の思考を持っていたそうだ。
地理に恵まれた事、積極的に外部に進出して行く性格、同郷人同士の強い結び付き、そして数字に強い商才。これらが近江商人を成功させた要因らしい。
たまたま多くの成功者を排出した地に住んでいる私。少しくらいあやかりたいものだ。
先日テレビ番組に、フィギュアスケートの織田信成選手が出演していた。織田選手は、織田信長の子孫らしい。
同番組に、明智光秀の子孫も出演し、初対面した二人は、当たり前だがお互いに恨みもなく、時間の流れを感じさせた。
豊臣秀吉が朝鮮に出兵したのは歴史的事実だが、お隣の韓国では、未だにその事を根に持っているらしい。
数百年前の事でさえそうなのだから、日本が韓国を併合した恨みはいつまで続くのだろうか。
それよりもさらに以前の話になるが、元寇では、日本がモンゴル朝鮮連合軍に攻められた。日本人で、その事に対して、未だにモンゴルに、負の感情を持っている者は少ないだろう。
恨の国と寛容の国。どちらが良い悪いの話ではないが、恨みが何かを良くする事は少なそうだ。
個人においてもそれは言える。やはり寛容の精神が、結局は自分を助ける事が分かってきた。
もう古い話だが、郵便局が民営化されるそうだ。
仕事でダイレクトメールを出そうと思い、色々と調べた。
クロネコヤマトのメール便だと、50gまで80円である。ところが、普通郵便だと、25gまでが80円。しかも対応サイズも、メール便の方が大きい。
例えば、30gの封書を出す場合、メール便だと80円だが、普通郵便だと90円する。定形外サイズになると、その差はさらに開く。
他にもメール便のアドバンテージがある。メール便だと、配達完了確認も出来るのだ。
コンビニで24時間出せる上、クロネコヤマト自体が土日も営業している。郵便局は、年中しっかり休むのはご承知の通り。
郵便局、完全に負けている。民営化すれば、官に出来ない事が出来る様になるのだろうか。
お役所仕事を止めるしかないと思うのだが。
ワールドカップ、日本代表の話。
クロアチア戦が終わる頃、ちょうど電話で話していた友人と、「日本は駄目だね」みたいな事を言っていた。何だよ日本の選手!みたいに。不甲斐ないな、とがっかりしていた。
それで次の日、ニュースとかを見ていると、色々な所から、選手や監督に批判が多く出ていた。
ごめんなさい。人が「白」と言えば、私は「黒」と言うような天邪鬼だから、前日の感情をあっさり撤回。
まだ終わってないが。
日本代表はよくやった。彼らは日本を代表しただけのベストを尽くした。
批判に対しては、サムライ等とあれだけ持ち上げておいて、負けた途端にそれはないと思う。終わってもないのに戦犯探し?
60年前に生きてはいなかったが、一夜にして価値観の180度の移動を思い知らされるとはこんな感じなのかと思った。
日本人の為、国の為、と命懸けで戦ったのに、敗戦後は突然に戦犯・戦争犯罪人扱いされた人達。どこか似ていると感じたのは私だけ?
日本人はそんなに勝利が好きなのか。そりゃ勝てば嬉しいけれども、負ける戦いにでも命を懸けれるのが日本人じゃないのか。
良い悪いは確かにあるが、ホリえもんにしたって、あれだけ持ち上げておいて、手の平を返すマスコミには恐れ入る。自己反省はなし?勝者のみが賞賛され、敗者は戦犯として戦後処理する?
実際に出場出来るイレブンに選ばれるかどうかは分からない代表選考であれだけ大きなニュースになった。それほど名誉なことなのに、ある意味怖い。
ワールドカップで少しでもミスがすると、さらに結果的に負けてしまうと、国賊扱いされる。
宮本や柳沢って今後はどこに行っても、「お前らのせいで」みたいに言われちゃうんだろうな。
俺がサッカー選手なら、選ばれたくないね。すっごいリスキー。
これまた面白いCM。

確かに相撲と相模は相当ヤバイ。
最近日本で最も話題になっている事の一つに、天皇の後継問題がある。
天皇家の血はともかく、男系の血が継承し続けられるかどうかの岐路に立たされている。
しかし、昔から日本では養子縁組も盛んだった様で、大名の家でも子供に恵まれなければ、養子をもらって家を継がせるという事は一般的だった。
日本では「血」よりも「家」を重視して来たと言えるだろう。
一方で、彼の国では、再び親から息子へ国を譲ろうと、瀬戸際外交を続けている。血もまた重要なのだ。
世の中には、子供が欲しくとも子宝に恵まれない夫婦がいる。
中国で、西洋人の夫婦が中国人の幼子(1歳前後と思われる)を抱いて歩いているのを何度も見かけた。
西洋人は金髪碧眼の白人だが、抱いているのは黒髪のアジアの赤ん坊である。ほとんどの場合、40歳前後と思われる夫婦数十組の集団だ。
豊かな国の、どうしても子供が欲しい夫婦が、最後の手段として、貧しい国に赴き、子供を買うのだと思われる。この場合は、中国に来たのだ。単に貰い受けたと思えないのは、子供の集団誘拐を中国ではよく聞くからだ。赤ん坊を売買する仲介業者もいる事だろう。
特によく見かけるのは、広州の沙面というイギリスとフランスの元租界地である。ここは、高級ホテルやおしゃれなレストランが軒を連ねる観光地でもあり、行けば必ずと言っていい程、彼らを見かける。
江西に住んでいる時に、南昌の滕王閣という観光地でも、この中国の赤ん坊を抱いた西洋人の集団を見た。
恐らく、香港から中国に入り、貧しい江西や貴州辺りで子供を買って、帰国する際に広州に寄ったのだろう。
本当に子供を可愛がる西洋人夫婦の姿が印象的だった。
この赤ん坊達が大きく育った時、中国という自分らの祖国にどういった思いを寄せるのだろうか。
なるべくなら、中国にいた時よりは幸せに暮らせれば良いと思う。
この集団を見る度に、「血」と「家」の話を考えさせられる。
追記;
中国から海外に出される養子の5人に3人は「特殊ケア」が必要らしい。
言い辛い事だが、つまりその多くが「捨てられた」のだろう。
「博客」とは、中国語で「ブログ」の事である。
中国ではまだまだ一般的になっていないブログなので、中国人に「博客」と言ってもほとんど通じないだろう(もちろん知っている人も多い)。
「博客」が本当の意味で誰もが使うブログになれるかどうかは分からない。以前は、Eメールの事を「伊妹儿」等と言っていたが、今じゃ誰も使ってない。
新しい文化は新しい単語を生む。生まれた単語は使われてこそ育つ。
中国において、ネットの規制が問題になっている。しばらく経った後に「博客」が頻繁に使われるようになっていれば、中国政府がブログを認めた証拠だろう。
日本のテレビCMは面白い。
今一番好きなのは、ライフカードの奴。

こんな新人さんだったら、さてどうする?!
新たなパソコンを購入して、我侭な我がモバイルライフがさらに充実する事となった。
以下の図がそのモバイルの壮観である。車内でもモバイル、歩いていてもモバイル、他所様の所でもモバイル出来るアイテムが勢ぞろい。
羨ましいでしょ?
マウントパインの独自ドメインを使ったメールを携帯電話からも送りたい!
そんなわがままを実現するのが、以下のマウントパインメールシステムだ。
まず受信。

マウントパインに送られたメールは、マウントパインのメールサーバーを経由し、WEBメールに転送される。このWEBメールはどのWEBメールでもOKだが、転送機能とPOP3受信が付いているとなお良い。
現在使用中のWEBメールでは、携帯電話のメールへ転送する設定にしているので、モバイル環境からも適時メールをチェックする事が出来る。
パソコンからは、ブラウザを通じてのメールチェックはもちろん、POP3にも対応しているWEBメールなので、メーラーでもメールを受信出来る。
続いて送信。
これが、マウントパインメールシステムのミソだ。

メールを送信したい時は、ブラウザからインターネット上のメール送信プログラムへアクセスする。
このプログラムは、送信元の指定も可能だから、好きなアドレスからメールを送る事が出来る。
表示も動作も軽快なプログラムなので、携帯電話などのモバイル環境でもサクサク使える。
セキュリティ意識が高まって来ている現在、自分のわがままを実現するには、ちょっとしたアイデアとちょっとしたプログラムが必要となる。
私は鯖アレルギーを持っている。
ところで今回の話の鯖は魚の鯖ではない。コンピューター用語で言う所の鯖、サーバーの事だ。
ようやくブロードバンド環境を手に入れた現在、久しぶりにサーバーの運営を始めた。
まずは、HTTPサーバーとFTPサーバー、メールサーバーを立ち上げた。
メールのSMTPサーバーも外部に開放した。ところが出先から使ってみるとなぜか使えない。
帰って見てみると、なんと台湾や香港からの大量の不正アクセスでメールソフトがフリーズしていたのだ。
SMTPサーバーを開放すると、スパムメールの温床となり易い。仕方なく、暫時閉じる事にした。
しかし、こういった不正アクセスは海外からがほとんどである。
まあこれはまだここでは公開出来ないので、あしからず。
( コラム )
November 19, 2005
自分の名前のローマ字を電話越しで中国人に言う。これは結構難儀する。
例えば、MとN。自分の名前にはこれが二つとも入っているので、何度も言い直さなければならない場合が多い。
この間、飛行機チケットを電話で予約した。
自分「M」相手「N?」自分「Mだって!」相手「N?」。
相手「大きいM?それとも小さいM?」自分「名前なんだから大文字と小文字の区別は関係ないだろ?」相手「大きいのはM、小さいのはNよ」自分「MとNが同じわきゃねーだろうが!」。
仕舞いにはキレて、自分「お前は中学からやり直した方がいいぞ」。
簡単に相手にMとNの違いを分からせたい人はこう言おう。
「両個門的M」「一個門的N」。
日本でも、DVDを扱う業界では、DとEの区別がつかない場合があるので、Dを「ディー」ではなく、「デー」と言うらしい。
テクノロジーがある場合はこういった方が速い。「メールするわ」。
( コラム )
September 02, 2005
とりあえずインストールしといた方が良いと思われるお勧めフリーソフトベスト10。
グーグルデスクトップ(コンピューターの内部検索)
グーグルアース(神になれる)
ITUNES(音楽関係)
ネットスケープ(どんどん表示してくれるタブブラウザ)
今、何してる?(LAN管理に最適)
SWF OPENER(フラッシュ好きに)
SUSIE(写真管理)
PSM PLAYER(着メロ)
NET SPELUNKER(ネットワークチェック)
MAIL ERASER(メールサーバー管理)
上海。死にかけた。その瞬間「死んだ」と思った。
上海の浦東空港へ向かうタクシーの中。前の止まっていた車に衝突した。
すさまじい衝撃があった。意識はあったが、全身が痛い。そして頭が動転していた。
とにかく生きた。まだ痛いが生きている。
本当に何があるか分からない。
パソコンはちょっと経つとすぐに古くなる。
初めてパソコンを買ったのは、5年前。当時としては破格だったノートパソコンを買った。
数年間お世話になったが、それほど大きな故障もなくしっかり働いてくれた。
スペック的には、現在とても使えるレベルではない。そこで、ノートパソコンでは一番簡単なチューンナップである、メモリの増設をしてみた。
ここ数年で、メモリは規格などが大幅に上がり、古いノートパソコン用のメモリはほとんど生産が終わったらしい。
従って、古いパソコン用のメモリは数も少なく、安くはなかった。128MBで260元もした。新しいDDRの256MBメモリとほぼ同額である。
メモリ増設は初めてだった。増設作業自体は簡単だったが、パソコンが増設部分を認識しないのが困った。試行錯誤し、古いメモリの部分に新しいメモリをはめ込む事で解決。
元からあった64MB+増設128MB=192MBにパワーアップ。動作が快適になった。
これに中国語ウィンドウズ2000を入れて、現役で活躍してもらう事にした。
古いパソコンでもまだまだ使える道がある事を知った。
今年は免許の更新年である。
免許更新の際に多くの人が納める交通安全協会費。実は任意なのだが、納める事でメリットはあるのだろうか?納めない事によるデメリットはあるのか?
若葉マークの無知だった頃の私は、「合わせていくらいくらです」と言われるがままに払っていた。
三回目の更新では、任意と知って支払いを拒否したが、窓口の説得により、最終的に支払った。
うるさくなった最近では、「皆さん納めていただいております」という誤魔化しで納めさせようとするらしい。
納めた事でのメリット、実は何もない。交通安全協会自体が、役立つ活動を何もしていないどころか、警察関係者の天下り先になっている。つまり交通安全協会費は、天下り役人の懐に入る仕組みになっている。だからこそ奴らは何とか納めさせようとする。
納めない事でのデメリットは、表向きないとなっている。実際にデメリットはないと思う。
しかし、私は前回の更新で納めなかったがために、免許更新の安全講習の際、講師から衆人の前でネチネチと文句を言われ、恥をかいた。ここまで来ると、交通安全協会の存在意義にすら疑問を感じる。
他人の金を使う以上、天下りなどで稼ぐのは、卑である。その上で、誰もが認める役立つ活動をすれば、誤魔化しや嫌がらせをしなくともちゃんと納めますよ。
この7月で満27歳になる。昭和53年生まれの午年だ。
日本には日本の暦があって、世界で一般的に使われている暦と異なる。
混乱するので30歳まで表にまとめてみた。
| 満年齢 | 和暦 | 西暦 | | 0歳 | 昭和53年 | 1978年 | | 1歳 | 昭和54年 | 1979年 | | 2歳 | 昭和55年 | 1980年 | | 3歳 | 昭和56年 | 1981年 | | 4歳 | 昭和57年 | 1982年 | | 5歳 | 昭和58年 | 1983年 | | 6歳 | 昭和59年 | 1984年 | | 7歳 | 昭和60年 | 1985年 | | 8歳 | 昭和61年 | 1986年 | | 9歳 | 昭和62年 | 1987年 | | 10歳 | 昭和63年 | 1988年 | | 11歳 | 平成元年 | 1989年 | | 12歳 | 平成2年 | 1990年 | | 13歳 | 平成3年 | 1991年 | | 14歳 | 平成4年 | 1992年 | | 15歳 | 平成5年 | 1993年 | | 16歳 | 平成6年 | 1994年 | | 17歳 | 平成7年 | 1995年 | | 18歳 | 平成8年 | 1996年 | | 19歳 | 平成9年 | 1997年 | | 20歳 | 平成10年 | 1998年 | | 21歳 | 平成11年 | 1999年 | | 22歳 | 平成12年 | 2000年 | | 23歳 | 平成13年 | 2001年 | | 24歳 | 平成14年 | 2002年 | | 25歳 | 平成15年 | 2003年 | | 26歳 | 平成16年 | 2004年 | | 27歳 | 平成17年 | 2005年 | | 28歳 | 平成18年 | 2006年 | | 29歳 | 平成19年 | 2007年 | | 30歳 | 平成20年 | 2008年 |
30まで残り3年しかない。
「三十而立」30にして立つという。
自分に何が出来るだろうか。
やられた。
中国在住数年。今まで何度も騙され、それなりの被害を被って来たが、また騙された。懲りない奴である。
出張した際にバスを利用した。出発直前に駆け込んだ事で、あわてて切符を買ってしまった。
何と本来一人50元の切符に、二人分で240元も払ってしまったのである。中国で慌ててはいけない。金は先に払った方が負けだと改めて思い知らされた。
「いくら?」「110元」「一人で?」「そうだ」。
110元とは、二人分の値段だったに違いない。知らないのを良い事に、見事に騙した切符売りの兄ちゃん。一人60元にしたって既にぼったくっている。
中国では物の値段などあってないに等しい。税金すら交渉だと言う。
少なくとも相場観を持っていないと損をする事が多いのだ。
中国の社会は相互不信感で形成されている。
切符を買うのに並ばないのも、他人を一切信用していないからだ。
日本では「騙すより騙されろ」としつけられるが、中国では「信じるよりまずは疑え」と育てられる。日本とは教育方針が大きく異なるのだ。
切符一つ買うのにも相手を疑いながら、探りながら買わなければいけない。日本人である自分はやはり疲れてしまう。
その分、親しくなると日本人のそれ以上に良くしてくれる場合が多い。しかしそれが、公共性を破壊し、中国で汚職が絶えない原因となっていると見る。
公共バスにしたって、無知な他人からは容赦なくぼったくるが、友人はタダで乗せてやる。
親しくなった以上、あれこれしてあげなければならないのだ。相手もそれが礼儀だと思っている。
汚職をなくすには、公共性を重んじなければならない。公共性を確立するには、他人を信じなければならない。
中国の社会において、それは相当に難しいと日々感じている。
浙江省省会の杭州へ行った。最近でも仕事で何度か来ているが、今回は遊びで行った。
杭州は中国有数の観光地である。かのマルコポーロもここを訪れ、「世界で一番美しい町」と言ったそうだ。

最近では、日本からの直行便も就航しており、以前に比べて行き易くなったのではないだろうか。
初めて杭州を訪れたのは、平成11年のゴールデンウィークだった。
当時、山東省の烟台に留学していた私は、仲の良かった日本人三人で上海、杭州、蘇州を旅行したのだった。
あれからもう6年が経った。当時に比べ著しく発展した杭州だが、かつて三人で歩いた所を今回たまたま見つける事が出来た。懐かしさに興奮した。
この二人とは今でも互いに連絡を取り合い、年に数回は会う機会がある。
彼らがいなかったら今の自分はなかっただろう。
懐かしさと感謝。当時の事はまだよく覚えています。
もう随分と前、管轄の上海総領事館へ在留届をインターネット経由で出した。
受理された旨のメールは届いたのだが、その後特に何の連絡もなかった。
そして今回の上海のデモ騒ぎ。何か連絡があってもおかしくないはずだが、やはり何の連絡もなかった。
しかし昨日、上海領事館から手紙が届いたのである。

ところがその内容は、総領事館だよりなる物で、デモの事など一切書かれておらず、ビザ専用電話回線の新設の件などが連絡されてあるだけだった。
インターネットやメールが普及した今、こんな紙の情報は役に立たないかも知れないが、人によっては命綱となりえる。どうせ金をかけて作るなら、もっと性急な情報を知らせる内容にしなければ価値がない。
在留届けを出す事で、安全上のメリットがあると思ったのだが、意味がなかった様に感じた。
車を運転して出勤していたいつもの朝。信号で停止していると、隣のバスから運転手が降りてきて、自分の車を蹴った!

一体何なんだ?相手は怒りにまかせて吼えている。そのまま去って行くバス。こちらは冷静にナンバーを控える。
早速インターネットでバス会社を検索。「監督電話」に「投訴」してやった!事実関係を確認して、折り返し電話すると言う。
程無くして、バス会社の担当者から電話があり、該当の運転手を連れて謝罪に行きたいと言う。数日後、菓子折り抱えた担当者がやって来て謝罪してもらった。
中国で理不尽な思いをした場合は、熱くなってはいけない。まずはどうやって「投訴」すれば良いか考えるべきだ。相手を特定出来る情報を粛々と集める事。
情報が集まったら、冷静に告げてやろう。「投訴」してやるからな、と。
中国で献血カーを見かける事が多くなってきた。社会貢献意識向上の表れだろうか?
そう思っていたらカラクリがあった。何と献血量に応じて無料の医療サービスを受ける事が出来るというのだ。
例えば、10000mlの無償献血を行うと、5000元以下の治療を受ける事が出来るらしい。

ギブアンドテイクでしか動かない連中。しかし、ギブアンドテイクならば動く人達とも言える。これが中国人の使い方と言えるのかも知れない。
可愛くね~。

世界卓球公式マスコット「蘭蘭ちゃん」登場
4月30日から5月6日にかけて開催される「第48回世界卓球選手権上海大会」の公式マスコット人形が公開された。名前は「蘭蘭(ランラン)ちゃん」で、デザインしたのは中国福利会少年宮の指導員をしている童箴さん。少年宮は総合的な学校外教育を行う施設だ。
大会開幕まであと50日あまり。会場となる上海体育館でも準備が着々と進んでいる。
(サーチナ3月12日)
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でもしっかりと中国チック。
中国でよく使われる日本の平仮名の代表格は、「の」だろう。
意味を知ってか知らずか、商品や屋号などに「の」が使われている。

香港でもよく見かけたので、香港経由で入ってきたのかも知れない。
国際条約に加盟していない中国では、日本の免許はもちろん、国際免許証でも運転は許されない。
今のところ、中国で外国人が車を運転するには中国の運転免許証を取得するしかないわけだ。
とはいえ、中国の労働ビザ(Z)を持っており、日本の免許を取得していれば、実地試験は免除され、筆記試験の合格だけで取得できる。
仕事上の必要もあって、中国の免許を取得してみた。以下その体験記。
試験を受けるには、先に申し込みが必要となる。あらかじめ用意する書類は以下の通り。
1、パスポート&そのコピー
2、居留証&そのコピー
3、日本の免許証&そのコピー
4、日本の免許証の翻訳(公安局指定の翻訳会社で翻訳した物)
書類を用意したら、住んでいる市の公安局交通警察支隊車両管理所で試験の申し込みをする。

申請書類を記入して、写真撮影(後で免許の写真になる)や身体検査(主に目の検査)が行われる。
私の場合、申し込みに行ったのがお昼前だったため、その日は申請出来なかった。係官の配慮で、試験当日に申請してもよい事になったので助かった。
日本の普通自動車免許であれば、受験するのはC1免許である。以前はただのC免許だったが、現在は免許制度が新しくなり、Cも3種類に分けられた。C1免許は、9人乗りの普通車まで運転する事が出来る。

申し込んだら、受験票をもらい、試験日と試験場所を確認する。一般に試験場が別にあって、土日や祝日を除くほぼ毎日試験が行われている様だ。

ただし外国人の場合、地方によっては、試験がたまにしか行われていない事があるそうだ。英語による試験もある。
試験には、一人で向かわねばならない。外国人の場合、以前は通訳の同行が認められていたらしいが、今は基本的に駄目。しかし、相談すれば何とかなるのが中国。私自身も通訳の同行が許可された。
筆記試験はコンピューター化されている。画面に出る問題に、ボタンを押して答えていく。全100問中、三者択一が65問、二者択一が35問。90点以上が合格。45分間の試験時間。上からカメラで不正がないか検査している。不正が発覚すると試験は即自動で停止される。ちょっとした怪しい動きをしただけでも停止されるので注意。
筆記試験だが、これがなかなかに難しい。引っ掛け問題や迷う問題が多い上に、罰金や速度などの数字に関する問題が多く出る。私自身、4回落ち(1回は途中で停止された)、5回目で何とか合格した。中国人でさえもなかなか1回で合格出来ない様だ。聞くところによると、最近は免許取得者が増えたため、試験も難しくなったそうだ。
試験は一度落ちても、お金を払いさえすれば、同日にもう一度受ける事が出来る。合格したら、後日試験の申し込みをした公安に免許証をもらいに行く。
初日は勉強せず4回も落ちてしまったので、今度は行く前の日に教則本を読んで試験に備えたら合格出来た。全国で通用する、6年間有効の免許である。
免許取得にかかった費用は以下の通り。
1、目の検査;15元
2、写真代;20元
3、受験代;60元
4、再受験代(1回);50元
5、日本免許の切り替え手数料;5.5元
日本の免許証の翻訳手数料は200元だった。これに一番金がかかった。翻訳の際、昭和やら平成やらをどうやって西暦にするのかというので少しもめた事を書いておく。
というわけで合法的に中国で運転出来るようになった。
中国において夜間走行中はライトを上向きにするのが普通だ。とてもまぶしくて事故の要因にもなっている。しかし教則本には、下向きにするように、と書かれていた。
中国人が試験で勉強する法規通り運転すれば、あれほど多くの事故は起きないだろうと思う。毎日必ず何らかの事故を見かける。トラフィックの効率も良くなるだろう。なぜ出来ないのか?
後日談;
免許は合格当日にもらえた。これも係官の特別の取り計らいだった。受験票に合格印を押してもらい、自分で公安まで持っていった。普通は最低でも数日かかる。
ところが、免許の国籍欄が「中国」になっていた。これでは偽造免許と思われてしまう!しかしそれが分かったのは帰った後だった。
例の係官にすぐ連絡し、数日後「日本国籍」の免許を「中国国籍」との交換で無事手に入れた。
追記;
上海では、日本語の試験もあり、簡単に取得出来るらしい。
また、香港には免許取得を代行してくれる会社もある。
( コラム )
December 04, 2004
「日本海」の呼称を「東海」にしろと韓国人が主張しているそうだ。
私が去年、ギリシャのアテネに行った際、ユースホステルに泊まったのだが、そこにあった世界地図も、印刷の「SEA OF JAPAN」がボールペンで上から「EAST SEA」と書き換えられていた。日本の悪口と共に。
韓国で初めて作られた大学は日本統治時代の「京城帝国大学」で、現在のソウル大学である。韓国の首都であるソウル(SEOUL)はその当時京城(けいじょう)と呼ばれていた。しかし、現在ではこの呼称が使われる事はほとんどない。
友人の一人が、高校時代に修学旅行で韓国へ行ったが、事前に学校で先生から「韓国の人に朝鮮人と言ってはいけません」と注意されたそうだ。京城も朝鮮人もなぜか差別用語になってしまったらしい。
中国語を用いて外国語を表現する場合は様々な方法がある。その音を似ている漢字で表現する場合(例;ニューヨーク=紐約)。漢字をそのまま使う場合、発音は当然中国語になる(例;東京=dongjing)。
それではソウルはどうかと言うと、これまた特殊で、「漢城=hancheng」と呼ばれている。「ソウル」に当たる漢字はない。
その「ソウル=漢城」が今後は使われなくなるらしい。
漢城というのは自分たちで決めた名称ではない事。漢城の「漢」は、漢字や漢民族を連想させ、韓国の首都の名前として相応しくない。ほとんどの国では、ソウル=SEOULなのに、中国だけ漢城と呼ぶと混乱する。これらが、中国に名称を改めさせようとする要因らしい。
韓国当局はこの問題を重視し、ソウル=SEOULに近い音で、首都に相応しい漢字を当てようとしている。
当初「首尓」「首沃」「首午尓」「中京」の四つが候補に挙がったが、現在の所は、「首尓」と「首午尓」に絞られているそうだ。
裏に韓国人の民族的な誇りと劣等感がある様に思える。
追記;
「首尓」になったらしい。
追記2;

中国の報道でもしっかりと「首尓」になった。
( コラム )
November 06, 2004
9月も後半に入る。
59回目を迎えた終戦記念日から早一ヶ月。書きたかったネタを今。
おぎゃあと生まれて初めて行った外国は中国だったが、次に行った国はこれまたお隣の国、韓国であった。それから数年、韓国にはすでに4回行った。
そんな事もあって、韓国人と触れ合う機会も多くなった。
去年の8月15日、私はカナダにいた。そこにも韓国人がたくさんいたが、この日カナダ人が韓国人に対して、「今日は独立記念日だね」と言ったのが事のきっかけだったと思う。
韓国人は、「そうそう、この日我々は日本から独立したのだ」と言う。しかし私は即座に疑問に思った。日本と一緒に欧米と戦争していた国が、日本が降伏したとたん独立?ありえない、と。
こんな時、やはり役立ったのはネットだった。このページに詳しいが、韓国は日本から独立していないし、しかもその日付は8月13日だった。
当然韓国人に対してもそう言ったが、誰も聞く耳を持たない。それどころか怒り出す始末だった。
古来より大国の狭間で生き抜いてきた国。裏切ったといえば簡単だが、この国にはこの国の事情もあるのだろう。
共に戦った歴史のある我々。こちらが謝罪する必要はない。感謝すればいいだけの事だと思った。
8月15日、去年の事を思い出した一日だった。
( コラム )
September 15, 2004
先日、沖縄の少年が偽札を使った事件がニュースになった。
男児が偽1万円札使う 8500円分ゲーム購入 名護
17日午前10時55分ごろ、名護市内の書店から「小学生くらいの男児が偽1万円札を使ってゲームソフト2個を購入した」と名護署に通報があった。同署の署員が駆け付けたところ、カラーコピーされた偽の1万円札1枚を確認。同署が変造通貨行使事件として男児の行方を追っている。
調べでは、男児はこの書店に1人で来店し、同店のアルバイトの女性(21)に対し偽の1万円札を差し出し、ゲームソフト2個、合計8500円の商品を購入した疑い。この1万円札はカラーコピーされたもので、表と裏がのりではり付けられていた。大きさも本物と比べ1回り小さかったという。
同署は男児が半ズボンを着用し、身長130センチメートル―140センチメートルだったことから、小学生とみて捜査している。
(琉球新報7月18日) |
中国は偽札が実に多い。日本だと大きな報道をされるが、中国だとごく日常茶飯事だ。この間も、近所のお店の店主が、「また偽札をつかまされたよ」とぼやいていた。
かなり小さな店にも 偽札鑑定機が置かれており、100元や50元を出すと、 必ずチェックされる。偽札の 判定方法なども 看板などで啓発されている。
つい最近、 新1元札が発行され、偽札対策に政府も力を入れている様だが、1元の偽札が仮にあったとしても、誰もチェックしないから意味はない。
私自身も、偽札を何度かつかまされた。中国銀行で両替した時も偽札が混じっていた。

そんな時は、使える所=チェックしない所で使う。実際使えたのだから、 中国ではかなりの偽札が流通し、実際に使われているのだろう。「偽札は没収です」書かれたお店もあるから、使う時は結構ドキドキしたりして。

日本円を中国の銀行に持っていくと、人民元に両替できるが、日本の銀行では人民元を両替してくれない。偽札が0になるくらいまで減らなければ、世界の信用は得られまい。人民元切り下げ切り上げどころの話ではない。
追記;
偽札に限らず、中国にはとにかく偽物が多い。
タバコ、酒、食品、薬品と何でもかんでも偽物だらけ。
追記2;
偽札関連のニュースは後を絶たない。
この4年間のニセ金の押収額は20億元以上
2004/07/18(日)
中国公安部の統計データによれば、今年になってから、中国全土で摘発された大規模な偽造貨幣事件は1000件以上に達している。中国新聞社が伝えた。
大規模事件として摘発されたこの1000件あまりの事件で、押収されたニセ金は4億元以上に達するという。
また、2000年以降の4年間あまりで、中国全土において、ニセ金20億元以上が押収されている。
公安部経済犯罪偵査局の李子勇・処長は、中国における偽造貨幣事件は複雑化しており、取り締まりも一層困難になってきていると語る。
新疆(しんきょう)ウイグル自治区やチベット自治区などでも横行しており、被害は中国全土くまなく発生している。
100元や50元などの額の大きな紙幣に対するニセ金防止意識が社会的に高まってきており、最近の犯罪では、小額の紙幣などが主流となりつつあるともいわれている。
(サーチナ)
農村部で偽札知識を伝授、偽札犯罪防止
2004/07/20(火)
江蘇(こうそ)省・海安(かいあん)県は18日、同県内に14カ所のインフォメーションセンターを設置し、200人の金融機関の職員を派遣、偽札防止の宣伝活動を展開した。中国新聞社が伝えた。
このイベントは、「偽札防止宣伝週間」の一環として実施されたもの。今年は、農村部を中心に偽札に関する知識向上などを目指し、社会全体で偽札犯罪の撲滅運動に取り組んでいく。
近年、中国では、偽札事件数は減少傾向にあるものの、事件発生地域の拡散、犯行手段の凶悪化などは予断を許さない状況にある。また、スーパーなどでは、偽札を見分ける紙幣識別機が設置されるようになったが、自由市場などでは偽札が日常的に流入しており、市民が偽札の被害を蒙るケースも少なくない。
(サーチナ)
上海で偽札相次ぐ、年金受け取った老夫婦も被害
2006/07/26(水)
26日付の新聞晨報は上海市で偽札の発見が相次いでいることを伝えた。中にはATMから引き出した現金に偽札が含まれていたというケースもあるという。
新聞晨報によると、7月5日に上海市の上中路にあるATMから3000元を引き出した男性が、14日になって偽札7枚を発見した。記番号が「YH13500811」3枚、「YH13500812」2枚、「YH1350083」2枚というように重複していた。この男性はATMの管理者に問い合わせたが「機械に異常はなく、また前日である4日に監視カメラで撮影された映像を確認したが、変わったことはなかった」との回答だった。
また蘭村路にある銀行の窓口で受け取った現金からも偽札が見つかった。2カ月前に老夫婦が「退休工資」(日本の企業年金に近い制度)1800元を引き出し、窓口で受け取った。銀行の職員が偽札発見器にかけたところ警報機が作動したが、夫婦は機械の誤作動で偽札だとは思わなかった。しかしスーパーマーケットで使おうとしたところ偽札と判明した。
夫婦が最近になって銀行に問い合わせたところ、銀行は「ずいぶん時間が経過しており、監視カメラで撮影されたビデオが見つからないので調べようがない」と回答した。
このほか上海市に出張に来た男性が浦東新区の銀行で現金を引き出した。タクシーの支払い時に100元札を使おうとしたところ、すかしが不自然で偽札と判明した。銀行のフリーダイヤルに電話をしたところ、銀行側は「窓口を離れたあとのことだから、責任を負えない」と返答した。
なお新聞晨報は25日付でも上海市のATMで下ろされた現金から、偽の100元札が7枚発見されたとのニュースを報道している。
(サーチナ)
給料袋の中身は「偽札」、怒る作業員を工場が解雇
2007/05/10(木)
広東省仏山市の順徳区にある染物工場で9日、作業員約20人に支給された4月分の給料が偽札だったことが判明した。作業員が会社側に抗議したところ、逆に解雇処分となった。10日付で広州日報が伝えた。
事件が発覚したのは作業員2人が紙幣が偽物ではないかと気づいたため。近くのスーパーマーケットにある検査機でチェックしたところ、偽札と判明した。
2人が仲間に伝えたところ約20人が偽札を支給されていたことが分かった。作業員らの抗議に会社側は「銀行のミスだ。本当の紙幣と交換するかどうかは銀行と交渉して決める」と回答、作業員に現場に戻るよう命じた。怒った作業員は就業を拒否したが、会社側は「職務放棄」を口実に解雇を言い渡した。
近所で工場を営む男性が騒ぎの一部始終を目撃し、警察に通報した。この男性によると、同工場で偽札が作業員に支給されたのは今回が初めてではないという。同工場は広州日報の取材に対して「我々も被害者だ」と釈明した。
(サーチナ) |
追記3;
中国には偽コインもあります。
1元玉だからと油断は出来ません。
偽コインは、錆びている事が多い、表面の凹凸感が少ない、表と裏の方向がズレいている、側面の刻印がない等の特徴があります。

偽コイン、使いたくてもチェックされる事が多いので、受け取らない様に注意が必要です。
追記4;
偽札鑑定機の対策をした偽札が登場!
中国各地で偽札「HD90」見つかる―台湾から流入か
2009/01/08(木)
新京報道によると、中国各地でこのほど、大量の偽100元札が次々に見つかった。台湾から流入した可能性が高いという。
偽札が見つかったのは、広東省、福建省、浙江省、四川省など。多くは表面左下に印刷されている番号がHD90から始まるもので、他にHB90、HE90で始まるものもある。ただし、銀行関係者によると、番号だけで真贋を判断することはできない。
福建省福州市では12月26日、警察官が原付自転車の交通違反を取り締まったところ、荷物用のボックスなどから偽の100元札698枚を発見。いずれも番号がHD90で始まるものだった。調べに対して容疑者は、市内で「販売業者」から1枚6.5元で買ったと話した。
新京報によると、インターネットには「偽札、販売します」とするブログがあり、「100元札」の売り値は18元と記載されていた。記者が、同ブログにある携帯電話に連絡して尋ねたところ、相手は「台湾から仕入れた。HDタイプの方が、HBタイプより質がよい。額面数十万元分なら簡単に用意できる。入荷も十分に足りている」と説明したという。
2008年10月8日には、台湾で人民元を密造・販売していたとして、6人が逮捕された。いずれも台湾籍で、警察当局は額面1億元の偽の人民元を押収した。検査機でも判別できない精巧なものだったという。「HD90」で始まる偽札も福建省や広東省で多く見つかっており、台湾から海上ルートで福建に直接、あるいは香港経由で大陸部に流入したとみられている。
(サーチナ) |
追記5;
HB90のナンバーから始まる偽100元札を実際に確認しました。
会社の同僚中国人が、すぐ近くの興業銀行のATMから数百元引き出した際に、1枚混ざっていたそうです。

機械は通るそうですが、実際に触ると本物と紙質が違います。
マウントパインドットコムがこの夏一番にお勧めする映画は、「ウォルター少年と、夏の休日」だ。

涙なしには観れない!ハリポタ?知らねー。スパイダーマン2はちょっとだけ観たいけど。
でも何で日本の公開っていっつも遅いんだろう?値段は高いのに。
中国の一人っ子政策は有名だ。
多すぎる人口の抑制のため、この対策が採られて久しいが、今まで言われてきたのは、それが引き起こす超高齢化社会などの問題点だった。
ところが先日、以下のニュースが飛び込んで来た。
10年後に20%が嫁不足 中国の男女人口差深刻
新華社電によると、中国国家人口計画出産委員会の張維慶主任は12日までに、中国の9歳未満の男児人口は女児より1277万人も多いとの最近の統計を明らかにし、このままでは10年後に適齢期男性の20%が嫁を見つけられない事態になると警告した。
中国全体の男女比率は、2000年の人口調査で女性100に対して男性119.92。近年は子供の男女比のアンバランスが目立っているという。
原因について張主任は(1)農村の主要労働力は男(2)伝統的に男が両親の面倒を見ると考えられている(3)男女の社会的地位の不平等-の3点を挙げ、さらに男女の産み分け技術の向上も影響を与えていると分析した。
張主任は、この傾向が続けば深刻な結婚問題だけでなく、人身売買などの犯罪を引き起こす恐れもあるとして早急な対策の必要性を強調。同委員会が女児を育てる家庭の支援策を検討中であることを明らかにした。
現在は広東省や雲南省の一部地区で試験的に、女児のいる家庭に補助金を支給する制度を始めたという。
(共同7月2日) |
事態は相当に深刻らしい。120:100であればまだましだが、 200:100という証言もある。

中国という大国、問題もやはり大きい。問題を根本的に解決するには、人々の精神を根本的にひっくり返すしかないだろう。
追記;
今度は次のニュースが。
赤ちゃん118人を売買 中国、主犯格6人に死刑
中国広西チワン族自治区玉林市の中級人民法院(裁判所)は25日までに、赤ちゃん118人を売買した犯罪グループの主犯格6人に死刑(うち4人は執行猶予2年)、45人に無期懲役から懲役1年6月の判決をそれぞれ言い渡した。
判決によると、犯罪グループは2001年から同市一帯で赤ちゃんを誘拐したり、医療関係者から買ったりして、河南省や安徽省などで売買していた。移動の際に泣きださないように睡眠薬を飲ませ死亡させたケースもあった。
関与した医療関係者は赤ちゃん1人につき100-200元(約1300-2600円)を受け取っていたという。中国紙によると、売買された118人の赤ちゃんの多くが女の子だった。
昨年3月に同自治区で赤ちゃん28人の売買事件が発覚したことをきっかけに警察当局が捜査を開始した。
中国は1980年代から産児制限策「一人っ子政策」を実施。農村で働き手として男の子が重宝される傾向があり、政府は人身売買の増加に懸念を強めている。
中国では、近年、男児数が女児を大幅に上回るようになっている。
(共同7月26日)
中国で赤ん坊売買組織摘発、6人死刑・5人無期
中国広西チワン族自治区で他省にまたがる大掛かりな赤ん坊売買ネットワークが摘発され、23日、犯罪にかかわった被告51人に死刑、無期懲役を含む有罪判決が下された。
被告の中には産婦人科の医師、看護師11人も含まれており、赤ん坊が産院から直接、買い取り人に売り渡され、さらに仲買人を通じて全国各地に転売されていく実態が明らかになった。
25日付の中国紙「北京晨報」が掲載した新華社のルポによると、主犯格の被告のうち6人が死刑、5人が無期懲役の判決を受けた。このネットワークを通じて売買された赤ん坊は計118人。犯罪に関与した医師、看護師は、女の赤ん坊を産んだ女性が「育てたくない」と言った場合、赤ん坊1人につき100―200元(1元=約13円)で買い取り人に売り渡していた。赤ん坊は仲買人を経て最終的に2000-3000元で売られたという。
赤ん坊は睡眠薬を飲まされた上、布で手足を縛られ、袋に入れられて安徽省などに搬送。輸送に使われた長距離バスから1度に28人の赤ん坊が見つかったことがあったが、全員が女児で、1人はすでに死亡しており、生まれてまだ数日の赤ん坊もいたという。
中国の農村部では男尊女卑の伝統的観念がまだ根強く残っており、女児を中心に人身売買する犯罪の土壌となっている。
(読売新聞7月26日) |
江西の観光地で中国の子供を買った西洋人の集団を見た事があるが、女の子は人身売買の対象になり易いのだろう。子供を買って、腕を切り、見世物にしてお金を得る者もいると聞く。恐ろしい世界である。
追記2;
事態はより悪化か。
第2子の男女比9対5に=胎児性別判定・中絶が横行-中国広東省
(時事通信社 - 04月25日 19:10)
【北京25日時事】男女出生比率の偏りが深刻な中国で、南部の広東省では第2子の男女比が180対100に達していることが分かった。同省人口計画出産委員会の報告として25日の中国紙・信息時報(電子版)が伝えた。同委員会は男女比の不均衡をもたらす胎児性別判定を取り締まる方針も示した。
中国では人口抑制策「1人っ子政策」の影響で、男女出生比率の不均衡が問題となっており、全国の男女比は118対100。中でも広東省は130対100に広がり、全国で最も深刻な地域とされている。
特に農村では働き手や後継者の問題で男児が好まれる傾向が強い。農村では第1子が女児の場合、出産間隔を4年置けば、第2子出産が許されており、胎児の性別を判定し、中絶するなどの行為が横行しているという。 |
このページの開設者の簡単な自己紹介をさせて頂く。

本名;松山晋也。
昭和53年、北海道室蘭市生まれ。本籍地は鹿児島県川辺郡知覧町。生まれてすぐ大分県別府市へ引っ越す。小学校時代の3年間を沖縄県糸満市で過ごし、再び大分へ。
高校卒業後、中国の山東省烟台市へ語学留学。その後、広東省深せん市の日系企業に現地採用として就職。約1年半の後、江西省吉安市に転勤、辞職。平成15年、カナダのアルバータ州カルガリーに半年間住む。この年に世界一周旅行を成し遂げる。
平成16年、近畿地方の貿易会社に就職し、中国の浙江省義烏市へ派遣され現在に至る。
父親は元自衛官ですでに定年退官。現在はお菓子工場に勤めている。母親は病院に勤める契約社員。
趣味は旅行で、今一番行きたい所はハワイ。一番興味があるのが、中国の環境破壊問題。別府温泉道三段。幸せの黄色いタオル保持者でもある。
ちょっと前から、いわゆる出会い系サイトが話題になっている。
犯罪に直結するという事が問題になっているが、お金儲けのため、サクラを使ったサイトも多い。
1年以上前に、地元のアルバイト情報誌に、「メールだけの簡単なお仕事です」という文句で、アルバイト募集の広告が出ていた。面接を受けに行ってみると、なんとサクラを使った出会い系サイト運営会社のアルバイトだった。
別府市内の住宅地にその会社はあった。普通のマンションの1階部分を事務所にし、そこにパソコン10台くらいを並べ、24時間体制でサクラのアルバイトを使って、お客である男性とメールのやり取りをしている。
アルバイトは総じて若い。学生が多いようだが、男女の割合は半々程度だった。つまり、メールの相手であるお客は全て男性だが、メールをするだけならこちらが男だろうが女だろうが関係ないというわけ。もちろん相手には女性を装いメールするのだ。お金のため、悪の片棒を担いで他人様を騙すほど落ちてはいない。1時間で辞めたが、その手口はほぼ理解した。
この会社としては、最初の出会いの場をまず提供する。この会社の広告を見た人がこのサイトに携帯電話からアクセスし、会員登録する。
知らない人とすぐに直接メールのやり取りをするのは恐いので、この会社のサーバーを通して、自分のメールアドレスを相手に教えずメッセージの交換が出来るようになっている。そして、このメッセージのやり取りに課金が発生するのだ。メッセージを読むのにも、送るのにもお金がかかる。会員はポイントを購入し、メッセージの度にそのポイントが減っていく仕組みだ。また、直接メールをやり取りをしようとメールアドレスや電話番号を送っても、自動で伏字にされてしまうので、基本的にはこの会社を通してメッセージをやり取りするしかない。
従って、メッセージを送る回数が多くなれば多くなるほど、この会社が儲かる。そこで、サクラの登場なのだ。相手に「出会い」をほのめかしながら、アルバイトのサクラが架空の女性を装い、お客である男性とメッセージのやり取りをする。お客は「ひょっとしたら会えるかも知れない」と思い、ポイントを購入し続けるわけだ。エサである「出会い」をちらつかせ、課金を増やしているとも知らずに。
別府だけでやっていると思ったら大間違いだ。別府などの田舎では出会い系をやるお客も少ないだろう。彼らは全国各地に会員を持っている。ネットワークを通して、メッセージをやり取りするだけならば、会社がどこにあろうが関係ないわけだ。
会社には全国の地域別に分けられたノートがあって、会員はどこのどんな人で、今までにどういうやり取りがあったか、またこちらは架空の女性を装っているが、その女性はどんな人となりなのか、という事が細かく書かれている。アルバイトはたくさんいるが、24時間動いているので、当然交代制だ。アルバイトはこのノートを見て仕事を引き継ぐ。何しろインターネット上の地図を使うのだ、別府から出た事のない田舎者でも、全国各地どこに何があるか分かるのである。そして男性会員は相手が地元に実在する女性だと思い込む。
このサイトはパピヨンといって、アドレスは、http://7070.jpだ。WHOISなどをご覧いただければ、この会社が別府で運営している事はお分かりいただけよう。
ただし、パソコンと携帯からアクセスした場合で表示されるページがそれぞれ異なる。携帯電話のメールアドレスでしか登録出来ない様にしているのだ。
この小賢しいアクセス制限を破る方法もある。つまり、携帯電話以外の普通のメールアドレスで会員登録し、メッセージのやりとりをする事も出来る。これはハッキングに近い方法なので、ここには書かない。ヒントは、オミトロンとこの会社の登録用PHPプログラムへ渡すネームだ。
一刻も早くこんな詐欺会社がなくならないかと思っている。地元の恥だ。
なぜ日本人だけ?

もう何も言えない。何だかとてもがっかりだ。
貴州省は中国一貧しいと言われる。同じく貧しい安徽省の男性すら、嫁の来手がないと、貴州へ嫁を探しに行くそうだ。
その貴州の省会は「貴陽」という。貴州は晴れの日が少なく、太陽が貴重なのだ。「天に三日の晴れの日なし、地に三里の平地なし、民に三分の銀もなし」といわれるくらいの厳しさと貧しさである。貴州にあるのは、「マオタイ酒」くらいなのだろうか。
しかし、晴れの日がないというのだから、水は豊富なのであろう。私が住んでいるのは、浙江省の地方都市だが、ここでは水が実に貴重だ。いや、ここだけではない。中国は砂漠化が急激に進んでおり、中国中で水が貴重になってきている。かと思うと長江が氾濫したりする。やはり砂漠化が進んでいるのだろう。
ここ三日間、私の住む街の水が完全に止まった。市内の四つ星以上のホテルでも止まったらしいから、相当なものだ。ここの住人にとっては、まさに「民に三日の風呂の日なし」だったわけだ。これから先は、一週間のうち三日しか出ない水だけでしのがなければならなくなった。
ところが驚くべき事に、北京や上海の水は止まった事がないという。北京や上海は中国を代表する都市だ。面子のためにも、水や電力の停止は許されない。恐らくは、近隣地方から優先的に水や電力を送っているのだろう。犠牲になるのは地方なのである。
中国大陸では、広東語の事をよく「白話」という。
私の知る限り、ほとんどの日本人にとって、広東語はかっこ悪く聞こえる様だが、広東語圏以外の中国人の多くは、「白話」がかっこいいと言う。
なぜだろう。第一にはやはり中国人と日本人の感性の違いがあるだろう。
さて、中国大陸で流行している歌の中で、広東語が使われている物は少ない。香港の歌手が歌っていても、標準語を使う場合が多いのだ。一つの曲で、広東語と標準語の両方で発売される事も多い(歌詞は違う場合が多い)。広東語は香港で、標準語は大陸で、という具合だ。
しかし、BEYONDという香港のグループの歌は、そのほとんどが広東語のみだ。彼らの曲の中で、「光輝歳月」などは中国でも大ヒットし、広東語を喋れない中国人でも歌う事が出来る。この歌、聴いてみると確かに中国にマッチしていて「いいな」と思う。
これらも、中国人が「白話はかっこいい」と感じる理由の一つになっているのではないか。
「長城」などは、日本のTV番組のテーマ曲にも使われたので、知っている方も多いはずだ。しかし、このBEYONDのメンバーの一人が、日本のTV番組の収録中に亡くなった事を知っている方は少ないのではないだろうか。もう10年以上前の事である。
聞いてみたい方は、バグスミュージックあたりでどうぞ。
QRコードというものをご存知だろうか?
二次元バーコードの一つで、最近徐々に普及しつつある。従来のバーコードよりも情報記録量が大きく、省スペースで、様々な用途に使えるとして注目されている。携帯電話の機能などでも読み込め、アドレス帳の登録などが簡単に出来る様になる。
このQRコードを、インターネット上で簡単に作れるサイトもある。便利になったものだ。

マウントパインドットコムのアドレスもコード化したので、対応の携帯電話などを持っている方は試して頂きたい。
良いとか悪いとかの話ではないが、中国人と日本人の感性の違いを感じる事がある。
例えば、この携帯電話。多くの日本人はシンプルなデザインが好みであり、日本人からすれば、この携帯電話は派手過ぎる。

ところが、この宝石をちりばめた様な派手な携帯電話が中国ではよく売れる。
今や世界一の携帯電話市場となった中国。一般の給与水準からすると何ヶ月分にもなる携帯電話がなぜか飛ぶように売れている。日本の携帯電話は、機能もすごいが、中国では売れない。
日本人からすれば、かっこいい携帯が売れず、ただやたらと派手な携帯電話が売れている。これはもはや感性の違いである。
今までは日本の物をそのまま出していた日本のメーカーもそれが分かって、中国には中国用の携帯電話を、とがんばっているらしいが、ここまで感性が違っては、苦労も多かろうと思う。
日本の物をそのまま中国に持ってきても、なかなか売れないし、値段は安い中国の物も、そのままだと日本では売れないという事だろう。
誰でも使えるアップローダーを公開。
ファイル一つにつき5MBまでで、20個のファイルまで保管出来る(それ以降は古い順に消える)。
違法ファイルはアップロードしない事。
追記;
どうも最近は、掲示板へのスパム投稿が多いらしい。
仕方ないので、PHPのアップローダーにした。
1ファイル1MBまで。最大50個までアップロード出来る。
円高である。
数年前、中国で1万円を両替すると、最悪な時には550元にしかならない事もあったが、今は770元を越えている。ドルと中国人民元は連動しているのだ。
先日、中国で散髪に行った。
どこから来たのかと聞かれ、日本人だと答えると、中国人が日本人に対してよく言うセリフがまた出た!「日本円って安いよね?1万円っていくら?700元?安いなー」。
中国で1万と言えば、「万元戸」と言う程だから大金だ。上海辺りの大都市でも、月に1000元ももらえれば良い方だろう。10000で700にしかならないのが「安い!」という感覚になる。しかしだからと言って、日本円が安い事にはならないだろう。貨幣価値はすでに日本を越えたと思いたいのだろうか?中国人は商売が上手いと言われるが、世界経済の話となれば別の様だ。
例えば、1アメリカドルは中国で約8元になる。ところが、数字だけ見れば100倍の100円でも、7元程度でにしかならない。その為、中国人に言わせると「日本円は安い」となる。でもこれじゃ、120円=1ドルが円安で、100円=1ドルの方が円高なのを理解出来ないのと同じみたいだ。
ところが、アメリカも中国も、最低貨幣単位はドルじゃないし、元じゃない。セントがあるし、角があり分がある。100分でようやく1元だ。日本は1円が最低単位だから、100元=10000分と考えれば、実際は100元=1500円程度となり、元の方が円より安いとなる。
単純に数字だけ見て、その貨幣の価値を云々するのは頂けない。
トルコ旅行中なんて、1億位は財布に入っていたし、100万単位の買い物が普通だった。お店でも0をつけるのが面倒だから、1M(100万)と書いていた。韓国ウォンは日本円の10分の1くらいだが、韓国で何かを買おうとすれば、やっぱ日本の10倍位する。
でもいちいち説明するのもよだきいけん、円はデノミするのが一番かな。
悪戯や広告、ウィルスメール対策のため、ご意見、ご質問は下記へ。
まずはこの一枚をご覧いただきたい。

別府と由布院間の道路上にあった電光標識で、「山間部寒冷時凍結の恐れ、スリップ注意!」と出ている。これを撮ったのは別府側。確か湯布院側には普通の標識で「要チェーン」と出ていた。
ところが、これを撮ったのは今日、三月の暖かい一日。この道路を通り、湯布院まで往復したが、道路の凍結はおろか、山の上の雪も解けてすでにない。
ではなぜこの様な標識を出しているのか?恐らくこれはもともと行政側の責任逃れのための標識なのだと思う。この道路は確かに冬場よく凍結するが、例えば事故が起きた場合、この道路を管轄する側にすれば、「我々はちゃんと標識を出していました。チェーンを装着していないのが悪いんです」と責任逃れ出来る。
今日の様な暖かい日でも、本当に凍結しているのか確認もしない。とりあえず出しておけとばかりにスイッチを入れるだけ。つけっぱなしだ。彼らにとって凍結しているしていないは重要ではない。標識を出していたかどうかが重要なのだ。本当にドライバーへ道路状態を教えたいなら嘘は出さないはずで、やはり単なる責任逃れとしか思えない。行政側の怠慢である。
こんな嘘の標識を普段見ている側からすれば、本当に道路が凍結した日に同じ標識を見たとしても、「今日もまた出てるよ。大丈夫さ」となる。
標識を出して責任逃れをしたいのであれば、せめて正確な情報がほしいものだ。もちろんそれだけで責任から逃れてよいとは思わないが。
昨日の大分合同新聞夕刊の一面は外国人犯罪増加の記事だった。
毎日テレビを見ていると犯罪関係のニュースで、「アジア系外国人が」とよく聞くようになっているが、実際に相当増加しているらしい。実際には逃げた犯人、捕まっていない案件も多いだろうから、外国人による犯罪はこれよりはるかに多いのではないだろうか。
この記事で注目すべきところは、「警察庁は、都市部の取り締まりが厳しくなったため、警戒が手薄な地域に犯行の舞台を移しているとみている」という部分。
我が地元の大分県でも、数年前に留学生による殺人があった。母親の実家近くでは、外国人グループによる犯行と見られる強盗事件もあった。外国人犯罪は確実に身近になって来ている。
東京都では石原都知事がこれを重視し、摘発に力を入れている様だが、大分県の広瀬知事がそんな事を言っているのを聞いた事がない。
外国人犯罪が増えれば、日本における彼らの評価が著しく下がり、普通の外国人にも迷惑がかかるだろう。
そして我が家では、誰かが家にいる時でも鍵をかける様になった。昔は夜寝る時だけだった。誰も助けてくれないなら、自分で出来る事をするしかない。鍵をかけよう。
漢字といえば元々が象形文字で、現在でもその名残がある。特に、川や山、人等の漢字はそのままでも立派な象形文字だろう。
その中で、人という漢字については、私自身が小学生の頃、先生が「人という漢字は、人と人がお互いに支え合っているのが成り立ちです」と教えてくれたほど有名だ。テレビドラマの中で、金八先生もそう仰っていた。
ところが、それが大嘘である事が分かった!
中国語の教材に載っていたのだが、人という漢字の成り立ちは、人が槍を使い、狩りをしている姿を基にしている。

漢字の基である象形文字が出来たのは、まだまだ人と動物の区別のない時代で、人々が支え合うなんて事はなかったのかも知れない。
槍を使う事くらいがせいぜい人と動物の違いだったのかも。
パスワード制限プログラムを流行のPHPでプログラミングしてみた。その名もパスッチ1!
プログラム内部でHTMLを吐き出すので、別途HTMLを用意し、飛ばす必要がない(サンプルの様にHTMLから飛ばしてもよい)。任意のHTMLをコピペするだけですぐに利用できる。
ソースは ここ。コピーライトを消さなければ、どなたでもご利用いただく事が出来る。ただし、ご使用にあたって当方では何の責任も負わないので、予めご了承いただきたい。
第一弾が好評だったという事で、懲りずに第二弾を投稿した。
2①カナダとカルガリー
最近私のホストファミリー(下宿先の家族)、シェパード家の人と話していて分かった事があった。旦那さんと奥さんはカルガリーの生まれではなく、カナダの最東端、ニューファンドランド島の出身だという事である。
ニューファンドランド島といえば、コロンブスがアメリカ大陸を発見するよりも前からバイキング達がその豊かな漁場を求め、ヨーロッパからやって来ていた島である。かのキャプテンクックも探検したそうだ。
カナダには、西の太平洋から東の大西洋まで、トランスカナダハイウェイという一本の道路が横断している。全長5000kmのこの道は世界最長だという。ここカルガリーにも通っており、この道の西の果てには太平洋が、東の果てには大西洋があると思うと感慨深い。そして、大西洋上のニューファンドランド島へもこの道は続いている。カルガリーから車を飛ばしても、丸五日はかかるというからその大きさに驚く。
カルガリーにはカナダ国内からだけでなく、世界中から人が集まってくる。カナダは移民国家で、クラスメートの韓国人の中にも移民が何人もいる。これだけ広大な国に人口はわずか3000万余りなのだから、日本とは違うのも無理はない。
それでもここカルガリーの人にはまだカウボーイスピリットが残っている様だ。毎年7月上旬になると、カナダ最大ともいわれるお祭り、カルガリースタンピードが開かれる。幌馬車レースやコンサートなどが連日行われ、市民がカウボーイスタイルのいでたちで祭りを盛り上げる一方、世界中のカウボーイ達がここカルガリーにやって来るのだ。
私にも郷土魂と呼べるものがあるのだろうか?毎年それを確認し、共有できるカルガリーの人を羨ましく思う。祭り会場には移動遊園地などが来ており、いつもは静かなこの街に、どこから集まって来たのかという様な人出だった。
2②カルガリーについて、カナダについて
ここでカルガリーやカナダについて新たに分かった事について書いてみる。授業中にもよく話がそれ、それぞれの国の事、カナダの事が学べる。海外に来て良かったと思えるのはこういう時だ。
1、消費税
前にも書いたが、カナダにも消費税があり、その税率は7%である。しかし、カナダにはこの他にも各州による消費税がある。例えば、アルバータ州のお隣、ブリティッシュコロンビア州では7.5%の州税がかかる。これに国の消費税7%も加えられるから、全部で14.5%もの消費税となる。
ここアルバータ州は国の税7%のみなので、比較的良い。これは、アルバータの基幹産業である石油の利益が大きいからだといわれている。
2、チップ
日本人には馴染みが薄いが、カナダでもチップが必要になる。スーパーで買い物した場合などには払う必要がないが、例えばレストランで食事したら、総額の20%程度のチップを置いて行くのが常識。
どんな場合にどの程度のチップがいるのかというのは難しい。現地の方から習い、そして慣れるしかない。ただ、カナダ人自身もチップはない方が良いと思っている様だ。
3、ガレージセール
歩いていると、ガレージセールと書かれた看板をよく目にする。これは、個人が自分の家のガレージを利用して、フリーマーケットを開いている事の案内。例えば、引っ越しなどいらない物を売ってしまいたい時に行う様だ。近所の人や、車で通りがかった人が覗き、良い物があったら買って行く仕組み。
私自身も何度か覗いてみた。まだ購入に至った事はないが、良いアイデアだと思う。
4、コーヒーとゴミ
大分でも、スターバックスコーヒーなどが出店されて来ているが、ここカナダでもカフェがブームだ。スターバックスコーヒー、そのライバルであるセカンドカップ、そして個人経営のカフェなど。これらが出店競争を繰り広げている。
カナダ人達が紙コップを持って歩いているのを至る所で見かける。カフェでコーヒーをテイクアウトし歩きながら飲むのがこちらのスタイル。日本で言えば缶コーヒーだろうか。ちなみに自動販売機はあまり見かけない。
ところが残念な事に、これら紙コップやゴミが道端に捨てられているのを見かける事がある。自転車に乗るようになって目に付き始めたのだ。
カナダはクリーンなイメージどおり美しい所が多い。それだけに、これらポイ捨てがカナダでも問題になっている。
5、習慣の違い
ここカルガリーでは子供が自転車に乗る際、簡易ヘルメットの装着が義務付けられている。ところがこの事が、移民国家ならではの問題を引き起こしているらしい。
カナダには白人はもちろん、黒人、黄色人など世界中の人種がいる。そして中にはインド人もいる。インドのシーク教徒の方は、宗教的理由でターバンという物をいつも頭に巻いている。しかし、このターバンを巻いていると、ヘルメットの装着が難しくなる。
自分達の習慣を優先すべきか、規則を優先するのか。問題は日本人が考える以上に深刻らしい。
6、フランス語
カナダの公用語は英語とフランス語である。イギリス系移民とフランス系移民が、強すぎるアメリカに対抗するため、手を組んでカナダが生まれた。そして今でもこの二つの言語が公用語になっている。東のケベック州ではフランス語が主に使われているそうだ。そんな訳で、カナダで目にする様々な物が英語とフランス語の併記となっている。例えば、毎朝食べるシリアルの箱などにある、商品名から栄養値の説明まで英語とフランス語の両方で書かれている。しかしだからといって、もちろん全てのカナダ人が英語とフランス語の両方が出来る訳ではない。来た当時、下宿先の子供がフランス語表記を指差し、「日本語か?」と聞いてきたのはびっくりした。
こういう事は日本にないのですごく面白いなと思っているが、面倒な事でもあると思う。現在のカナダの首相もフランス系らしい。そして国家元首はイギリスのエリザベス二世女王である。
7、連絡通路
カルガリーのダウンタウン(市街地)を歩いていると、ビルとビルの二階部分を繋ぐ連絡通路をよく目にする。これは+15と呼ばれていて、主だったビルのほとんどを連結している。この+15を使えば、ビルの外に出る事なく、離れたビルに行く事が出来る。寒い外を歩かなくても済むようにと、街全体で設計している様だ。政府行政関係のビル、企業や私営のビルも自由に通り抜ける事が出来る。ファーストフード店などのお店も多く、商業地としての側面もある。ビルによってはテーブルや椅子まで開放されており、大した物だと思った。
2③物価について
カナダの通貨はカナダドル(C$)である。円高になれば、日本円から両替する場合、相対的に多くのカナダドルを得れる事になるので、留学する日本人としては、円高は大歓迎であろう。レートは、C$1=83円程度(11月現在)。
カナダの物価は全体的に日本よりも安いが、その分日本ほどの給与はもらえない。食料品の場合、日本と同じ値段でも基本的に日本よりも量が多い。ただし、物によっては日本よりも高い場合がある。以下、数品目の平均的な価格を掲載する。
牛乳(1L);C$1.2(100円)
玉子(L玉12個/パック);C$2(166円)
エビアンミネラルウォーター(500ml/ペット);C$1.4(116円)
コカコーラ(2L/ペット);C$1.8(149円)
トイレットペーパー(12巻);C$5.7(473円)
ハンバーガーセット;C$5(415円)ただし日本よりも量が多い。
タバコ(25本);C$10(830円)タバコはとても高い。
ガソリン(1L/セルフ);C$0.6(50円)セルフが主流。
タクシー初乗り(160m);C$2.5(208円)以降160mごとにC$0.2。
バス&路面電車(市内均一料金);C$2(166円)90分以内の乗り継ぎは無料。
ホームステイ(3食込み/月);C$600(49800円)
アパート家賃(月);C$500~(41500円~)2、3部屋。光熱費込みの場合が多い。
2④魚の骨は食うな?
誰の家でもそうだろうが、日本では焼き魚がよく食卓に出る。「骨があるから食べにくい」と言えば、「骨も食べろ。カルシウムがあって良い」と言われたものだ。
カナダに来て、何度か焼き魚を食べた。鮭だけだが。ところが「骨は絶対に食べるな。危ないから注意しなさい」と言う。「カルシウムがあって良い」と言っても、カナダ人は耳を貸さない。日本とはまるで考え方が違う。
魚の骨についてまでこう言えるのかは分からないが、ホームステイ(下宿)していると時に過保護と言えるくらい色々おせっかいを焼かれる。もう25歳なんだから、と思っているがまるで子供扱いだ。休日に、「どこどこに行くから一緒に行こう」と言われた時、断っても必ず「なぜ?」と聞かれる。たまには家でゆっくりしたいのだが、断るに足る理由を言わないと分かってもらえない。言わなくとも分かる、というのはなかなかない。言わなければ分かってもらえないのだ。
聞けば、欧米人はアジア人の年齢がよく分からないらしく、大抵実年齢より低く見られる。こちらは飲酒の年齢制限に厳しく、飲みに行けば、必ず身分証明書の提示を求められる。「ほら、お前の飴玉だよ」と飴玉を買ってきてくれた事があった。25歳が飴玉に喜ぶと思っているのか。ちょっと疲れた。
毎年10月31日に北米各地でハロウィンという仮装祭りが行われる。別府で言えば「おせったい」みたいなもので、子供が各家庭を回って、「TRICK OR TREAT?(お菓子をくれなきゃ悪戯するぞ)」とお菓子をねだる。この日は大人も子供に混じって、それぞれが仮装し(主にお化けの類)、パーティなどに参加する。元々はヨーロッパに住んでいたケルト人の宗教的行事で、日本で言うとお盆にあたる。後にキリスト教に取り入れられ、その前夜祭がハロウィンとなったそうだ。祝日にはならないがクリスマス並みの賑わいで、ハロウィンのためにお金もかなり使う。私のホームステイ先でも、子供たちのために大量のお菓子を買った。以前、毒入りのお菓子が問題になった事があるそうで、手作りよりも市販品の方が喜ばれるらしい。
普段から子供扱いされているので、わざわざ子供ぽく振舞う必要はなかった。メキシコ人の仮装で学校のハロウィン行事に参加。何とその仮装コンテストで2位に選ばれた。

日本では出来ない体験だった。
2⑤授業について
英語学校での授業について書く。毎日4コマ(計約4時間)の授業が行われ、間に昼食など休み時間が入る。私の学校では毎コマごとに先生が違う。それぞれ発音や文法など得意としている分野があるようだが、授業の進め方はほぼ同じだ。
毎回、先生がまず会話の核となるテーマを考え、それに関する単語を一通り説明し、プリント問題などを解いたりしながら授業が進む。会話を重視する学校なので授業時間の多くは、生徒同士の会話に当てられる。その際の話題は先生の考えたテーマとなる。
簡単な話題もあるが、時には日本人同士でも話さない様な難しい話題になる事もある。政治や歴史の事など難しい話題になると、英語力はもちろんだが、自国についての知識も問われる。
日本の事を韓国人に分からせようとしても、お互いに拙い英語力ではもどかしい。韓国とは国も文化も近いのでまだましだが、それが中東のアラブ人となると厄介だ。カナダに来ても、同じ学校のカナダ人以外の外国人が主な話し相手となっているが、色々と考えさせられ面白い。
それにしてもここに来て数ヶ月。自分の英語力のなさを痛感させられる毎日だ。
2⑥アイススケート
市内にはいくつもの屋内アイススケートリンクがあるが、さすがに夏はオープンしていなかった。色んな人に聞いて、ようやくオープンしているスケートリンクを見つけた。カルガリー大学のオリンピックオーバルである。
屋内のドーム型スケートリンクで、とても大きく一周すると息切れしてしまう。オリンピックに使われただけあり、大きいだけでなく、氷質も世界トップレベルとの事だ。実際にスピードスケートショートトラックのワールドカップがこのリンクで開かれた。寺尾選手や池選手を筆頭に日本選手団も来ていたが、結果は芳しくなかった。
しかし、ここは大学の施設なので一般には短時間しか開放していない。片道一時間かけて通えば上手くなるかな?
2⑦自転車が盗まれた
こちらに来てすぐ買った自転車が8月のある日盗まれた。
泊めていたのは治安が悪いと聞いていた地区だったが、昼間だったし、鍵もかけていたので大丈夫だと思っていたがやられた。1万円程度の安物だったが、自転車通学が一つの楽しみにもなっていたし、交通費の節約にもなっていたので、盗まれたのは痛いが、自転車だけで済んだのは良い方だ。
知らない土地へ来たら、まずそこの安全情報を集める事だ。一度あるバス停で若者に、「麻薬を持っているか?」と聞かれた事があった。それ以来、そのバス停には近寄らない様にしている。
自分で自分の身を守る、というのは、何もカラテで相手を倒すだけの事ではない。戦わずして守る。安全情報はとても重要だと思った。
2⑧9月に雪!
学校にあるテレビを見ていた先生が何やら騒がしい。聞いてみると「明日雪が降る」と言う。そんな馬鹿な!まだ9月だよ?
実際に翌日になると、本当に雪だった。この雪は二日続き、あっけなく溶けた。さすがカナダと驚いた。富士山の雪よりも早かったのである。
家の前の雪かきをやった。近所の人が自分の家の雪で転ぶと訴えられるそうだ。アメリカの訴訟社会は有名だが、カナダもそうらしい。
2⑨美しいロッキーの風景
カルガリーはロッキー山脈のすぐ東に位置しており、車で2時間弱も行けば世界遺産にも登録されているロッキー山脈の国立公園に至る事が出来る。
私も機会があって、訪れてみた。カナナスキス、キャンモア、バンフ、レイクルイーズ、ジャスパーなどである。雪の残る山々も美しいが、何と言ってもエメラルドグリーンの各湖が美しい。恐らく鉱物による何らかの化学反応なのだろう。そういえば、カルガリーの中心を流れるボウ川も水がグリーンだ。
カルガリーでどこへ行くにも便利なのが車だ。反対に車がなければ不便でもある。カルガリー周辺には世界遺産に登録されている自然が沢山あり、車があればそれらへ簡単に行く事が出来る。
ロッキー山脈にもレンタカーを借りて行った。国際免許証があれば運転できる。カナダはアメリカと同じく左ハンドルの右側通行。さすがに最初は戸惑った。一度日本感覚で左の対向車線に入りそうになった。
素晴らしい眺めが続くロッキー山脈を車で駆け抜けるのは最高だ。こんな美しい自然は、カナダの人々にとって当たり前でも、太平洋を渡って来た私にとってはラッキーだった。カナダを選んで良かったと思う。
2⑩日本文化は素晴らしい
日本から折り紙用の紙を送ってもらった。早速ホストファミリーの前で鶴を折る。皆何をやっているんだ?といった様子。ところが折りあがってみると、相当に賞賛された。大喜びで折り方を尋ねてくる。そしてとうとう鶴は棚に飾られてしまった。他にも何か折れとうるさいが、私が折れるのは鶴だけだ。確か中学生の頃覚えた。
日本は、生活スタイルから考え方まで欧米に似せようともがき、色々と弊害も出ている。私はこの一件を通して、改めて日本文化の素晴らしさを知った。
日本人が海外に出た時、そこで通じるのは、そこのスタイルを似せている事ではない。日本という物を持っている者、日本という根っこを有す者が海外に出てもしっかりと通用するのだと思う。
私はこれからどこへ行っても堂々と日本人だと言いたい。
以上ここまで。
2003年6月から11月までカナダのカルガリーに滞在し、現地語学学校へ通った。
知人に勧められ、その時の様子を地元の今日新聞に投稿した。

今回は長くなるが、その記事を載せる。
①なぜ留学?なぜカナダ?
私は現在カナダのアルバータ州カルガリーにいる。日本から太平洋を越え、ロッキー山脈の東に位置するかつて冬季オリンピックの開かれた街だ。
こちらはサマータイムの制度があり、現在日本との時差は15時間ある。日本の正午が、こちらでは前日の午後九時である。
私費による英語の語学留学のため、6月の上旬にここにやって来た。11月の末頃までここに滞在する予定だ。
多くの方々にお世話になりここに来る事が出来たが、これを書く事で少しでも恩返しになればと、私の留学手続きの体験からここカナダについての事を書いてみようと思う。
昨年末に勤めていた会社を辞めた。と言っても、定年ではなく、私はまだ20代。
最近は、若くして会社を辞める人も多いと聞くし、実際に私以外にも周りにそんな人がいるのを知っている。
会社を辞めた時から考えていたのがカナダへの語学留学である。社会に出てから、英語を勉強しておけばよかったと思う事が何度もあり、その度にそれを恥ずかしく感じていたからだった。
どうせ勉強するなら駅前留学よりも現地に行った方が良いだろうと思っていたのだ。
ではなぜカナダなのか?一般に英語の語学留学と言えば、アメリカ、イギリス、オーストラリア、ニュージーランド、そしてカナダなどがある。
その内、アメリカとイギリスは費用が高くつくようである。
オーストラリア、ニュージーランド、カナダも安くはないが、前述の二カ国に比べれば若干安い。これもカナダ選択の理由の一つだ。
そして私がその中から特にカナダを選んだ理由は、私がレクレーションアイススケートが好きだったからである。冬場にはよく城島のスケートリンクに通っている。
スケートの本場カナダなら年中スケートが出来るのではと思い、カナダに行く事にした。
そして後述するが、ビザの利点もあった。
留学すると思ったからには、あまり長い事ぼーっとしてもいられない。
一応留学を6月頃開始と予定し、早速準備を始めた。
今回留学を準備するにあたって、活躍したのがインターネットである。
情報集めから各種申込みまでそのほとんどをインターネットを通じて行った。
②学校選び
留学準備に先立ち、まずは明林堂へ行き本を買った。ダイヤモンド社発行の成功する留学シリーズのカナダ編である。
インターネットの情報だけでも良かったが、じっくり比較検討するにはこの手の留学ガイド本が良い。
カナダは大きい。世界で二番目に広大な国。当然留学出来る場所も色々ある。
一般には、バンクーバーなどの西海岸と、SARSで何かと話題のトロント周辺がカナダの二大留学地域で、内陸部は留学できる場所も少ないようだ。
私は、何かあった時のため、出来るだけ早く帰国できる様に西海岸周辺に絞る事にした。
留学を堅苦しく考える必要はない。私のしようとしている留学は、あくまでも私費の語学留学であり、四年間現地の大学に通う様な留学とは違う。
英語が出来ないからこその留学であり、通う学校は必然的に私立の語学学校という事になる。経済学や化学をやるわけではない。現地で駅前留学すると考えれば分かりやすい。
そしてそういった私立の学校は現地に山の様にあり、そこの学生もほとんどが英語を学びに来たアジア人、日本や韓国、中国からの生徒なのである。
前述の様な本には、それら学校の基本情報の他に、留学経験者の体験談なども載っている。
本から選んだ数校に手紙を出した。
まずは詳しい資料と入学申込書の請求からだ。これらは通常無料である。
英語が出来なくとも本に英文フォームがついているし、多くの学校では日本人がスタッフとして働いているから問題はない。
カナダに手紙を出して二週間もするとぼちぼち資料が届き出す。
その中から検討した結果、カルガリーのとある私立の語学学校にしようと決めた。
決めた理由は、費用の面と、その学校の返事の良さからだった。
資料請求と同時にいくつかの質問をしたのだが、この学校はちゃんと回答をくれた。
カルガリー事体の情報もインターネットで調べたが、やはり実際に行ってみない事には掴めないもの。
学校への入学は前述の様に簡単だ。
試験も何も無いし、ほとんど何時でも入学できる。年齢制限などもない。
この学校も毎週月曜日に入学できるとの事であった。
6月開始予定だったから、カレンダーを見て6月9日に入学で半年間という事にした。
なぜ半年間なのか?費用の事もあるが、ビザの問題からだ。
カナダの場合、日本人であれば半年間の留学にビザがいらないのである。
これは、普通のビザなしの観光で入国し、半年間ビザがいらないのと同じで、その間学校に通っても問題がない。
もちろん学生ビザを取得しても良いが、手間と費用が余計にかかるので止めた。
③現地までどう行くか?
学校の入学申し込みと同時に行わなければならない事がある。
カナダまでは日豊本線では行けない。そう、どうやって行くかである。
もちろん飛行機を使うが、カルガリーまでの直行便は日本にはなく、大抵はカナダ西の玄関口バンクーバーを経由して行く。
しかし私は以前から考えていたプラン、世界一周を絡めて行く事にした。
チケットの安い韓国ソウルからアメリカ、ヨーロッパ、シンガポール、ソウルまでという世界一周航空チケットがある。
ソウル>サンフランシスコーニューヨーク>ヨーロッパ1ーヨーロッパ2>シンガポール>ソウル(ーは各自で別途移動)というチケットで、シンガポール航空から発売されている。
有効期限は一年なので、ソウルとアメリカを経由してカナダに行き、半年間滞在した後は、再度アメリカに入り、ニューヨークを経てヨーロッパを旅行して帰るというわけだ。
しかしこのチケットだけではカルガリーに辿り着けない。
そこで日本からソウルまでとサンフランシスコからカルガリーまでのルートは自分で他に用意する必要がある。
まずは早速インターネットで情報集め。
何しろ北米は初めてで勝手が分からない。サンフランシスコには日本人が多いのだろう。現地には日系の旅行会社があった。産経トラベルサンフランシスコだ。
英語が出来ないので、日本語でメールがやり取りできる日系はありがたい。
こことのメールで、日本とは違うアメリカの航空チケット事情が少し分かった。
アメリカでは、航空チケットを発売順に高くするという方式らしい。つまり売りだし開始当初が一番安く買え、出発間近になればなるほど高くなる。航空会社としては、席が埋まればそれだけ高くできるという事らしい。
という事で、まずは一番先にサンフランシスコ>カルガリーの航空チケットを買う事にした。
6月9日入学なのだから、7日には現地入りしたいので、7日のチケットを買う。
北米での生活にクレジットカードは欠かせないらしい。カードがない者は、カードが持てない者だとして、信用されない。
ここのチケットもカードで買う。が、インターネットにカード情報を流すのはまずい。という事で、この会社の方が日本まで電話を下さった。
なおアメリカでは日本の様な航空券はくれない。Eチケットと言って、搭乗当日に空港のカウンターで身分証明書を示せば、搭乗券をくれるという仕組みで、これなら航空券を無くす事はないし、航空会社としてもコストダウンできる。
ただし、アメリカ入国の際、アメリカのビザ免除プログラムで入国しようとすると、アメリカを出るという意思の確認のため(アメリカに居座らさせない)、アメリカを出るチケットの提出を求められる事があると言うので、チケットのコピーをこの旅行会社からFAXしてもらった。
世界一周堂という旅行会社で前述の世界一周航空チケットを買う。
韓国出発だけに韓国系の旅行会社でも取り扱っているが、ここは世界一周に特化し、日本の会社で対応が早そうなので、ここにした。
6月6日の夕方の便でソウルを出発すると時差の関係で同日のお昼過ぎにサンフランシスコへ到着する。
そこで余裕を持つため、6日に出発する事にした。取りあえず席の予約をする。入金は出発のおよそ三週間前にした。振り込むと数日でチケットが手元に届いた。
次にソウルまで別府からどう行くかだ。
世界一周し帰ってくるとなると何時になるか分からない。そんな事もあり、ソウルへの往復チケットは止めた。日本からの一年有効の往復チケットとなるとなかなかないし、高い。
次に考えたのが、ツアーでソウルまで行き、帰りは捨てるという方法。これでも良いが、三万円くらいして高い。
そう言えば、以前友人から日韓共同キップという物でソウルまで行った話を聞いていた。詳しくは知らなかったので、早速インターネットで検索。
どうやらこのチケットは日本各地のJRの駅から韓国ソウルの駅まで行けるチケットの様だ。
日本各地の駅>博多か下関>プサン>ソウルというルートで、JRの特急自由席と船の二等室、そして韓国の誇る列車セマウル号の指定席のチケットがセットになっている。船は博多からだとビートルという高速船、下関からはフェリーという事になる。時間はあるので、安いフェリーを選んだ。
出発一ヶ月前から、駅にあるJOYロードなどで買える。これだと約一万二千円でソウルまで行ける。フェリーに一泊するので、6月4日に出れば翌5日にはソウルに着く。ここでも余裕を持って出発する事にした。
④お守りがないと不安
出発前になって、カナダがSARSやら狂牛病で騒がしくなってきた。
何もお守りを持たずに渡航するのは不安である。特に私には突然原因不明の激しい腹痛に襲われるという持病がある。
そんな事もあり、お守りとして海外旅行保険に加入する事にした。北米は特に医療費が高いらしい。現地の保険がない外国人にとってこの保険は必須だ。
しかし、海外旅行保険は年々高くなっている様で、私の入った保険も数年前の三倍くらいの値段だった。
半年間だからこれだけで数万円する。痛い出費だが仕方がない。使わないのがベストだが。
海外旅行保険は保障内容と期間が同じであれば、保険会社による値段の差はほとんどないようだ。
長期間の加入ができ、自分に必要な保障内容が選べ、自分の渡航する地域に強い保険会社を選ぶと良いだろう。
何でも安いのを探し、選んでいるが、ただでさえお金のかかる留学。そしてこれからはそれが出る一方なのだから仕方ない。
⑤初めての海外送金
そして、留学を申し込んだ学校に送金する。入学金、学費、ホームステイ(下宿)先紹介料などだ。ホームステイの代金は、現地で直接ステイ先の方に払う。
高いお金だ。一度に全額送金するのは不安なので、半分送金し、残りは現地に到着して払う事にしてもらった。
海外送金は高い。基本的に金額の多少に関わらず数千円取られる。
近くの大分銀行に行き、現地の銀行に送金する手続きを取る。親切に対応してもらった。
アメリカドル建てで送金するので為替相場にも敏感になる。とりあえずは円高が良いが、出発する前に円をドルにするので、その後は円安が良くなる。
現地では取りあえずホームステイする事になる。
日本と違い、向こうではホームステイはビジネスである。
一応ホームステイ先における一通りの条件を書き、学校の申し込みと同時に送る。費用を払うと学校がステイ先を斡旋してくれるのだ。
せっかくカナダに行くのだから、移民の家ではなく、普通のカナダ人の家庭をと書いた。
送金と申し込みを同時に行い、少しすると入金確認と入学許可書が郵送されて来た。
この時点で現地とのやり取りはほとんどEメールで行っていた。また出発直前まで何か質問があればEメールで連絡していた。
Eメールが早いし安い。実に便利である。
出発前に銀行で手持ちのお金をほとんどドル建てのトラベラーズチェックにした。
現金のままだとなくしたり盗られたりすると保険でもカバーできないが、トラベラーズチェックだと再発行されるので助かる。
特に北米ではこの旅行者用小切手が現金同様に使えるらしい。
現地でのホームステイ代や残りの学費、生活費の全てを持って行くのだから、このトラベラーズチェックは良い手段と言えよう。
その他に、辞書やら参考書やら着替えやらと、持って行く物で出発ぎりぎりまで準備が忙しい。
そうなると出発まであっと言う間だ。
⑥いよいよ出発
6月4日。いよいよ出発だ。
今JRでは、白いソニック号という特急が博多まで走っている。乗った事がなかったので、例の日韓共同キップを使い、別府駅から小倉までその特急で行った。
本皮のシートが立派で、こんな上等な列車には初めて乗った。
小倉からは各駅停車で下関へ。これが日本食の食べ納め、とカジキカツ定食を食べ、港へ向かう。
下関港ターミナルに着くと、そこはすでに韓国?
大量の荷物を抱えた韓国人らしきおばさんたちがこれまた沢山いる。聞いた事がある。彼女らは運び屋なのだろう。韓国からは安い物を、日本からは家電などを交互に運んでいるのだ。
聞きなれない韓国語が飛び交っている。日本人は少数らしい。
出国審査を終え、いそいそとフェリーに乗り込む。
フェリーで知り合った日本の方と、無税の安いビールを飲んで寝ると、明るくなった頃にはすでにプサンに着いている。
SARSのためか、プサン港では体温測定が行われていた。
無事韓国に入国出来た後、まず両替し、徒歩と地下鉄でプサン駅へ向かう。ソウルまでの列車出発までそんなに時間はなかった。
韓国は三度目で、余り情報を集めて来なかったが、列車に乗り遅れないため、港と駅の位置だけは頭に叩き込んでいた。
駅に着きしばらくすると、ソウルまでの列車セマウル号の改札が始まる。日本と違い、列車ごとに改札を行うらしい。
寝たり起きたりを繰り返し、朝鮮半島を北上し、いつしかソウルに着く。ソウル駅は東京駅に似ている、とフェリーの中で知り合った方から聞いていた。併合時代に建てられたそうだ。確かにそっくりだった。
⑦韓国にて
泊まる所を決めていなかったので、駅近くの安い旅館に飛び込みで泊まる事にする。
一泊三万ウォン。三千円くらいだろうか。もちろん韓国語は出来ないがなんとかなるもんである。
ソウルでは泊まる所がなくても、インフォメーションセンターがあって、そこでは日本語で自分の予算にあった宿泊施設を無料で紹介してもらえる事を知っていたので、特に情報がなくとも不安はなかった。
しかし情報がなかったゆえに何度も回り道をするはめになったので、情報は出来るだけあった方が良いだろう。
ソウルの空港と言えば、以前はキンポだったが、現在はソウルのお隣り、仁川の空港が国際線を扱っている。翌日ソウル駅から直行バスで空港に向かう。
テロの影響であろう。空港ではかなり厳しい検査を行っていた。靴も脱がされチェックされる。
何とか出国し、飛行機に乗り込む。もちろんエコノミーだが、各シートにはモニターが完備され、ビデオを見たり、ゲームをしたり出来るようになっていた。
10時間を越える飛行に配慮されているのだろう。
⑧サンフランシスコにて
海外に行った事はあるが、アジア以外は初めてだ。
こんなに長く飛行機に乗った事もない。その日の夕方出たはずの飛行機が、当日のお昼に着くなんて!まるでタイムスリップ?
サンフランシスコには一泊し、翌日カルガリーへ向かう。
もちろん一度アメリカにも入国しないといけない。北米への第一歩だ。
アメリカは、日本人の場合、Iー94Wというビザ免除プログラムが適用される。これは一種の入国カードであり、パスポートに挟まれ、出国時に回収される。アメリカはこれで出入国の管理を行っている様だ。
アメリカの入国審査は厳しいチェックだった。他の国の方は入国管理官に色々と聞かれていた様だが、私はほとんどフリーパスだった。どこに行っても思うが、日本人のパスポートは信用されている。
空港からサンフランシスコ市内までバスで行こうと思ったが、なかなか来ないのでシャトルバンを使った。これは大きなバンに乗合で乗り、それぞれの目的地(市内)まで行ってくれる乗り物。
市内まで$14だったが、そうアメリカにはチップという厄介な習慣がある。慣れない私は$3プラスし$17渡した。これで良かった様だ。
サンフランシスコでは予約はしていなかったが、安い所をという事で、ダウンタウン(市街地の事)にあるユースホステルに泊まる事にしていた。
ドミトリータイプの部屋で、ベッドは空いていたので簡単に泊まれた。
ついでなので、サンフランシスコ市内を観光。そしてアメリカではやっぱりコレ!某ハンバーガーショップへ。Mサイズで値段は日本と同じくらいだったが、コーラの量が凄まじく多く、飲みきれなかった。
サンフランシスコでは移民が多いのだろうか。ハンバーガーショップなどで働いているのはアジア人ばかりだった。
翌朝近くの高級ホテル前から再びシャトルバンに乗り、空港へ向かう。いよいよカナダである。
日本と違い、アメリカには出国審査がないらしい。従って、例の入国カードは航空会社のカウンターで返さないといけないはずなのだが、なぜか取られず。
返さないと次回アメリカに入国できないらしいので焦る。これは今でもどうしたら良いのか分からないままである(注;航空会社へ後日郵送した)。
出国審査はないが、アメリカでの飛行機搭乗はさすがに検査が厳しかった。やはり靴を脱がされる。また、搭乗直前にも再度の手荷物検査が行われた。
飛行機に乗ってしばらくすると、下には美しい山々が見えてくる。
ロッキー山脈であろう。山肌にはまだ沢山の雪が残っていた。
⑨とうとうカナダ到着
日本のパスポートの威力!カナダにも簡単に入国できた。
カルガリー空港にはホームステイ先の夫妻が迎えに来てくれていた。英語力のない私には挨拶もままならなかったが、身振り手振りでやるとそれくらいどうにかなる物だ。
車に乗り込み家へ向かう。よく晴れている。右手にはカルガリーのダウンタウンが見える。
カルガリーはまずカウボーイの街として発展したそうだ。今でもカルガリーのあるアルバータ州のアルバータ牛は有名らしい。そしてその後石油が発見され街はさらに栄えた。ダウンタウンに高層ビルがいくつも見える。あれらビルのほとんどが石油会社のビルだという。
途中この家族の小さな娘さんをピックアップし、車は家に着いた。
まだ私自身もよく分かっていないのだが、ホームステイ先のシェパード家を簡単に紹介する。

家長であるお父さんのデイブは三十五才くらい。プラスチック関係の会社勤めらしく、朝は遅く、夜は帰りが遅い。そしてその奥さんであるお母さんのポーラ、九才の息子ニコラス、四才の娘カーラの四人。
彼らと一緒に生活し、食事も一緒に取る。
この家に正直どれくらいの間住むのかは分からない。前述したが、ホームステイはビジネスである。
向こうもお金のために外国人を住まわすのだし、こちらも合わなければ他を探す。実際に、留学の間ずっと同じ家に住み続ける人は普通多くないらしい。多くの留学生が他のステイ先に移ったり、アパートを借りたりしだす様だ。
私はこの家の地下室を間借りしているが、地下室だけに窓がなく昼までも明かりを点けないと何も見えない。
また学校があるのはダウンタウンだが、家は郊外なのでちょっと不便である。そして私は日本でパソコンの虫であった。しかし、この家にはパソコンがない。これもちょっと不便。パソコンのある家、とホームステイ先の条件を出すのを忘れていた。
これらが私のステイ先での問題点であるが、今の所それほどに深刻ではない。
⑩カナダ、そしてカルガリー
着いた当日、ホームステイ先の奥さんと娘が買い物に行くと言うので、私もついて行ってみた。
車で10分足らずの所にあるスーパーマーケットに行ったが、びっくりした!その買い方にである。日本のちょっと晩のオカズを、という買い物ではない。どでかいカートに一ヶ月分?というような量の食料品を次々に入れていく。
そういえばシェパード一家は皆大きい。背はそれほどではないが、体が大きい。それに見合った買い方である。
ところで、こちらはやはりカード社会なのだろう。買い物もカードでしていた。ちなみにここカルガリーにも消費税があって、税率は7%と日本のそれよりも高い。
そして歓迎という事で、晩御飯は大きなステーキだった。狂牛病が不安だったが食べる。これがアルバータ牛か、なかなかに美味しい。脂身が少ない様だ。
そしてシェパード一家の食べる量もやはり凄い。日本と違い、四才の小さな子どもに炭酸のジュースをガブガブ飲ませている事に驚いた。健康に悪いと思うのだが。
私はここに来てやはり日本のメシが恋しくなって来ている。
6月であるがカルガリーはやはり朝方がちょっと寒い。そして内陸部だけに乾燥している。しかしそんな事は来る前から分かっていた事だった。
ここに来て何より驚いたのはその日の長さにである。朝は日本と同じ頃明るくなると思うが、夜はなんと10時過ぎまで明るい。
そんな事もあってなのか、シェパード家の子供たちも夜遅くまで起きている。私が小学生の頃は夜9時に寝るのが決まりだった。四才の子どもが11時まで起きていいのは大晦日だけだったのである。
日本と違う食生活に時間の感覚。これもカナダなのだろう。
私も未だに時差ぼけがあるのか、時間の感覚がよく分からない。
⑪学校について
ステイ先の家から学校まではかなり離れているのでバスと列車を乗り継いで行く。片道およそ40分の道のり。
カナダはどこもそうなのだろう。道が広い。そしてどんな道でもたいてい車が路上駐車されている。両側に駐車してもまだまだ余裕があるのだ。ちなみにカナダはアメリカと同じ右側通行。歩行者優先意識が徹底しており、比較的安全だ。ただし、信号が赤でも右折だけは出来る様で、道路を横断する場合は注意が必要。
市内のバスと列車はどちらも市の運営で、例えばバスに乗ると90分以内であれば列車への乗り継ぎも無料で出来る。列車からバスへも同じ。
一日に往復でカナダ$4だが、交通費が必要とは考えていなかったのでちょっと辛い。
郊外で不便でもあったので自転車を買った。
これで学校にも通う事にしたが、さすが広いカナダ。いい運動になっている。
ところで、自転車で色々と動いてみたが、この時期にオープンしているスケート場は未だ見つかっていない。これではカナダに来た意味が薄れる。
カナダでは、市街地=働く所、郊外=住む所と分けて考えている様だ。
ダウンタウンで買い物も出来るが揃わない物も多い。大分でも最近見られる様になったが、郊外には大型のショッピングモールが数多くある。それだけここが車社会であるとも言えるだろう。
そして私の通う学校はカルガリーのダウンタウン(市街地)にある。チャイナタウンのすぐ側である。
私立の語学学校で、韓国人移民が経営しており、そのせいか生徒の90%は韓国人だった。正直こんなに韓国人ばかりだとは考えていなかった。韓国人の他は日本人で後はいない。しかし、どうせなら様々な国の人と知り合いたかったので、これは残念だった。
思っていた通り、学校に年齢制限はなかった。下は小学校にも入らない程の小さな子どもから、上は大奥様という年齢の方まで年齢層は幅広い。それぞれのレベルに応じて、彼らと机を並べ、授業を受ける。
また、この学校では会話の勉強中心の授業内容だったので、英語がある程度出来る人にはおすすめできるが、私の様に英語が全く出来ず、基礎からやりたい者には少し向いていない様だ。
以上から学校選びはもうちょっとしっかりすべきだったと思った。しかしそうも言っていられない。せっかく来たのだ。学校はどこも同じ、要は自分次第と思う事にした。
⑫切っても切れない韓国人との関係
この学校は韓国人ばかりだが、英語を話す国は数多くあれど、どこへ行っても日本人、韓国人、中国人はいると言う。
特に日本と韓国は近く、古くから交流があっただけにとっつき易くもあるが、やはり外国。習慣や考え方などまるっきり違う事も多い。
これは特に男性に言える事だが、韓国人は年齢を一番に重んじる。そのせいか、韓国人は他人であってもお兄さん、お姉さんと呼び合うので、外国人には誰が本当の兄弟なのか分からない程だ。
あなたが韓国人と知り合ったとしよう。日本人であれば挨拶の後まず名前を尋ねると思うが、韓国人は名前の前にまず相手の年齢を尋ねる。それは、韓国人の場合、相手の年齢によって大きく態度が異なるからである。
仮に相手が自分より年上だったら、相手に失礼があってはならない。実に礼儀正しく接する。これは日本人も見習うべき点であろう。
ところが、反対に相手が年下だと知ると今度は何をしてもお構いなしという態度になる事がある。これらは儒教の考えが大きく影響している様だ。彼らはそれを海外に出ても持ち続ける。
私としては、年下が年上を敬い、そして年上も年下を敬うというのが本当にすばらしいと思うので、韓国人の良い面も悪い面も良く理解したいと思っているがなかなか出来ていない。
私にはある苦い経験がある。とある韓国人と知り合う機会が以前あり、彼は私よりも幾分年上だった。私は彼に軽い冗談を言ったのだが、それが彼を激怒させた。韓国人の間では、年下が年上に言ってはいけない事だったのだ。
年上を敬う事、年下をも敬える事をすばらしく思い、そうありたいと思うがなかなか出来ない。そしてここカルガリーでは、韓国人から年下扱いされない様に、年齢を教えないという小賢しい防御策を講じたが、知っている人から簡単にばれてしまった。
留学すれば、韓国人とはどこへ行っても出会う。切っても切れない。
彼らは日本人にとって外国人である。考えも習慣も違う。
しかし、その中から見習うべき点や、彼らにない日本人の良さを見つけれれば、それだけでも外国に来た価値があるという物ではないだろうか。
⑬カナダの中の私
私は現在、カナダのカルガリーに住んでいる。ただ今語学留学中である。
外国で日本の常識は通じないと言われる。確かにそうだ。外国にいると日本との違いから、ちょっとした事でも驚く事が多い。
しかし通じる面もあると思う。例えば、日本でも通じる様な礼儀を以ってやれば、ここカルガリーでも礼儀正しいと思われるはずだ。
また日本でも非常識とされるような事をすれば、当然ここカルガリーでも白眼視される事だろう。
私は外国の習慣には時期に慣れていけば良いと思う。そして、外国の常識をわざわざ学ぶ必要はない。
日本で常識とされる事を守ってさえいれば、外国でも十分通用するし、むしろ尊敬される日本人になれると思っている。
今私はカナダにいる。ここで私を私個人として見てくれる者は誰もおるまい。
私は今、只の一人の日本人として見られている。もし私がここで悪い事をすれば、カナダ社会での日本人全体の評判を落とす事になるだろう。私は日頃から日本人全体の評判を落とす事だけはすまいと思っている。
私個人が個人として見られ、カナダ人からも尊敬され、それが日本人全体の評判になれば、と思うが、それはかなり難しい。
今は評判を落とさない様にするだけでも精一杯だ。
私は今カナダにいる。
私を私個人として見てくれるカナダ人を一人でも作るため、もっとカナダ人と接したいが、語学力のなさからなかなか積極的になれていない。
今は将来への不安もある。帰ったら働く場所はあるのだろうか?
この間、道に迷い地図を広げていると、通りがかったカナダ人が、「MAY I HELP YOU?」と言ってくれた。カナダにも素晴らしい人達がいる。
私も早く他人にそう言える様になりたいと今は思っている。
第二弾に続く。
僕の見た秩序。さんのページにあった、へえボタン。クリックしてみて。
今、トリビアがマイブーム。携帯電話用のもあって、自分もダウンロードして遊んでいる。「へえ」。
今、一番好きなテレビCM。キリンビバレッジの生烏龍。

最近は、本当にこんな若い社員がいるらしい。
私もよく温泉へ行くが、いくら温泉ブームだと言っても、やはり入浴客は高年齢層が多い。
そんな中、知らない者同士でも挨拶から始まって、会話になる事もよくある。私は黙って聞いている事が多いが、話題となるのはやはり時事関係だ。
例えば、大分でも発生した鳥インフルエンザ。「あんなんは人に感染せんち言よるで」。誰が言ったのだろうか?以前香港でも感染者の死亡があったし、ベトナムやタイですでに何人も死んでいる。そうこうしていると、京都でまた出た。大分の時と違い、今度は隠そうとしていたらしい。京都の経営者はこの温泉に入っていたおっさんと同じ感覚だったのだろう。甘く見ちゃいけない。
そしてオウム裁判。「オウムばっかで他のテレビが見られん」。多くの被害者たちが、本当の事を知りたいとの裁判だったが、このおっさんは他のテレビが見たいらしい。
これらはこのおっさんたちが本当に思っている事なんだろう。でも世論にはならない。街で聞かれたりすれば、「隠すのはよくない」「早く本当の事を言ってほしい」と答えるだろう。そして、これがいわゆる世論になるんだと思う。自分の本当に思っている事なんか答えないはずだ。
「鳥インフルエンザは大した事ない」というのも一つの意見だろう。が、それが仮に世論になったとしても受け入れるわけにはいかない。政治もそうで、行政が世論に従う事が必ずしも良いとは限らない。
温泉に入るには裸にならなければならないが、温泉に入ると、思っている事も裸になるらしい。面白い事だ。
追記;
鳥インフルエンザがとうとう日本でも人を殺してしまった。
右カラムにあるリンクページを紹介する。
まずは、2000年にオープンし、すでに数年経つYANTAe!!。
世界一クールな烟台情報サイトの名のとおり、中国山東省烟台市や烟台師範学院の情報を扱ったページ。中国の携帯に関する情報などを扱った、濃い中国情報もあり、現代中国における数々のテクニックを紹介。
そして、ドットNETA。
大分県別府市の湯煙風景は21世紀に残したい日本の風景第二位にも選ばれたが、その温泉都市別府にある三つの秘湯の情報ほか、お得なタイ発券やバーチャファイター4大会の様子などを扱ったページ。
どちらも見逃せないページであり、お勧めだ。
( コラム )
February 27, 2004
警察官になりたかった。
警察官になりたかった男が、偽物の警察の制服を着て、電車に乗っているところを、本物の警察官に捕まるという事件があった。よく分からないのが、警察の制服を着ていたから捕まったのか、それとも警察と書いた名刺を持っていたから捕まったのか、という事。
警察の制服を着ていただけで捕まったなら、個人的にはビッグニュースである。「こんなの中国じゃ珍しくもない」と思ってしまった。
中国にはこの手の偽警官や偽軍人がたくさんいる。例えばこのページを確認していただきたいが、この筆者も言われているとおり、街で簡単に手に入るし、誰もそれを問題にしない。「虎の威を借る」と言うが、中国では警察や軍隊などの国家権力がかなり強い。悪く言えば威張っている。切符を買うのに行列が出来ていても、「軍人優先」と書かれている位だ。そのためなんだろうか。

中国にいると、冗談半分で軍服(軍大衣)を着ている日本人を見かける事がある。暖かいし、外国人とも思われない。中国では様々なメリットがある服なのだ。
難しく考えると、南京の便衣兵の問題も思い起こさせられる。日本でも、警備会社の制服や車は警察のそれとそっくりであるが、やはり秩序ある日本では許されない事なんだろう。
( コラム )
February 26, 2004
今更ながら、司馬遼太郎の坂の上の雲を読んだ。文庫本にして全八巻。古本屋で購入し、およそ十日で読み終わった。
明治に生まれたかったなんて思うけど、前から聞いていた様に、大分県の広瀬中佐が出ていて興味深かった。広瀬中佐の故郷、竹田にも行った事があるが、広瀬神社へはまだ行った事がない。次回はぜひ参拝してみたい。
読み終わって、さて次は何にするかとは悩まなかった。前から読みたかった、塩野七生のローマ人の物語である。

「古代のローマ人とは、どういう人たちであったのだろう、と。知力では、ギリシア人に劣り、体力では、ケルト(ガリア)やゲルマンの人々に劣り、技術力では、エトルリア人に劣り、経済力では、カルタゴ人に劣るのが、自分たちローマ人であると、少ない史料が示すように、ローマ人自らが認めていた。それなのに、なぜローマ人だけが、あれほどの大を成すことができたのか。一大文明圏を築きあげ、それを長期にわたって維持することができたのか。」
ヨーロッパを旅行し、イタリアには一番長く滞在したが、何の知識も持ち合わせていなかった。知識があれば、まだまだ楽しめたはず。
さて、文庫本でも何でも近くに書店がなかったり、品揃えの悪い書店しかない場合に、利用したら良いのがインターネット上の書店である。
普通に書店に注文すると数週間かかるものだが、ネット書店の場合だと、在庫や取り扱い書籍も豊富で、数日で手元に届く。
最近では送料が無料になっているネット書店も増え、私自身、今回は送料無料のネット書店を利用してみた。注文してから土日を挟んで三日で届いた。しかも送料無料。便利な時代になったものだ。
クロネコヤマトのブックサービスだと完全に送料無料である。クレジットカード払いだと書籍代金だけでよいし、代引きでも手数料は200円。楽天ブックスだと1500円以上の購入だと送料無料になる。会員登録なども不要。代引きも200円で出来る。お勧め。
( コラム )
February 24, 2004
豊後富士と呼ばれる、由布山。何度か登った事のある山だが、今までは近くでしか見ていなかったせいか、とても富士山には見えなかった。

しかし、遠くから見てみると、富士山に見えない事もない。素晴らしい眺めである。
以前友人が来県した際、別府から庄内へ抜ける道で撮影した。
田舎のくせに随分と立派な道路で、びっくりした次第である。
( コラム )
February 23, 2004
香港に初めて来た当時、まだインターネットカフェは少なかった。
それが数年前からたけのこのように増え、至る所にインターネットカフェが出来、にぎわっている。
日本語が使えるのか?使えます。詳しくは、YANTAe!!で。
しかし今や誰もがノートパソコンの一台くらい持つ時代。自分のノートパソコンを持参していけば、いとも簡単にインターネットに接続できる。とこれを書いている現在も、香港のとあるインターネットカフェで自分のパソコンを用いてやっている。
便利な時代になったもんだ。
( コラム )
February 09, 2004
皆さんは、ブログというものをご存知だろうか。
最近インターネットでは、このブログがブームとなっている。簡単に説明すれば、インターネット上の日記がブログ。
インターネット日記は以前からあったが、インターネット上のニュースなどへリンクを貼り、それに対して自分の意見などを書くのに使われる事が多いのがブログの新しい所。イラク戦争中にイラクのブログが注目された様に、現在新しいメディアとして注目されている。詳しくはここで確認されたし。
最近ではブログを簡単に始めれる便利なツールやサイトが登場し、このブログを始める人が増えている。このページでもMOVABLETYPEというツールを用いて作っている(細かいデザインは自分で作った)。

自分の日記や意見を発表できる場所が簡単に作れるこのブログを、皆さんも始めてみては如何だろうか?
( コラム )
February 08, 2004
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