烟台留学体験談2

自分の生きる道を見つける留学2 _広い中国、留学場所も多し!_

大林政彦

 さて、肝心な留学場所だが、誰もが選びそうな北京、大連、上海などの大都市は始めから留学先に考えなかった。留学の本には、「学校で教わる中国語は、どの学校も標準語である」と書いてあったから場所なんて関係ないと思ったからである。おまけに大都市は留学生が多く、学費も高い。先輩の留学経験者からもいい話は聞いていなかった。
それで、始めから誰も知らないマニアックな田舎の大学を探そうと思っていたら、山東省の青島の近くにちっぽけな大学があることを知った。なんでも、学校独自に研究して編集した教材があるそうで、対外中国語教師の資格を有する留学生専門の多数の教師陣、少ない留学生、おまけに学費も安いという理由で、すぐにここにすることにした。断っておくが、別にこれは広告ではない。

 留学に当たって、半年前から準備を始めた。入学申請の郵便一つ出すだけでも、往復で1ヶ月近くはかかったと思う。そして、返事で送られてきた入学許可証と健康診断の結果でビザが申請できる。この健康診断も結果が出るのに2週間ほどかかったし、風邪で医者に行くのとは違い、健康診断は保険が効かないために2万円もかかってしまった。おまけに血液検査では生まれて初めて血を抜かれたが、この血は試験管に入れないで、管が400ccの血液が入るパックにつながっていた。血に問題が無かったら、輸血に使われるんだろう。あの手が痺れる感覚は慣れると病み付きになるかもしれない。 ビザの申請にも2週間ちかくかかったような覚えがある。
 さらに、航空券購入、海外傷害保険の加入などで、結構な出費になった。あとで、代行業者に3万円払って、留学申請した方が面倒でなくて楽だと聞いた。まあ、自分で手続きしたことで、健康診断の分は節約できたから良しとしよう。

 高校を卒業した年の夏、生まれて初めて飛行機に乗って、生まれて初めての中国、そして目的地の煙台に降り立つ。よく考えると、中学、高校と休みも関係なくバレーボール漬けの生活を送っていたから、旅行なんて小学校以来行ってなかった。当然、飛行機を使った遠出なんて有り得なかったわけだ。不安ではあったが、独りで遠出できた事が嬉しく感じられた。さらに、初めて面と向かって話をする外国人が中国人になるとは想像もしていなかった。

 空港には幸いにも学校関係者が迎えに来てくれていた。全く中国語を話すことが出来ず、真新しい辞書を片手に四苦八苦してたことは今でもはっきり覚えている。当時は夜で街の様子が全く分からなかったので、どこに連れて行かれるか心配だった。正直言って、迎えに来ていた学校の人間が実は誘拐犯ではないのか?なんていうことも考えたりしたが、結局、空港から車で30分程で留学生宿舎に到着した。案内された部屋に入ったら、しばらく使ってない部屋なのか、カビ臭かった。しかし疲れからくる睡魔には勝てず、風呂にも入らず、カビ臭い布団に包まって寝てしまった。

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