私と烟台3
いよいよ9月1日。どの教室かわからず廊下をうろうろしていると女の先生が、空いた教室に連れて行き、本を広げて単文をゆびさしては読ませました。それから再び別の教室に連れて行き、別の女の先生が又同じことをやり私を置いて出て行きました。しばらくして又違う先生が同じ本でおなじ事をなさる。三人の先生にたらい回しにされた後、先生が女の子を連れて入ってきました。あなた達は一年二班です。それが知り合って一緒に食堂に行くようになった韓国の女の子でした。よかったよかったと言葉は通じないものの気持ちはしっかり通じておたがい喜び合いました。
教科書をもらいその日はそれでおしまい。入学式もなければ始業式もなし。いとも簡単な第一日。一年級一班はその後二人の韓国人女性、イタリア人男性が加わり合計五人の学生です。
この年の一年生は一班、二班、三班とあり、二班の私達のクラスだけが韓国、日本、イタリアと5人で三カ国からなり、他は15人前後の韓国人だけのクラスばかりでした。私はラッキー!と思ったものです。
お勉強は月曜日から金曜日まで、朝7時45分に授業が始まり、11時半に終わります。先生は中国語だけしか話しませんが不思議なものでぜ〜んぶ通じるのです。予習、復習、宿題と午後のノルマは多くて一日があっという間に終わり、当時は一日35時間くらい欲しいと思いました。
お勉強の事は学習といい、その一環として活動があり、先生は私たちがこの環境に早く馴染むように色々な活動を実行してくれました。私がバスに乗った事がないと知り、早速次の日みんなで出かけました。
朝7時45分、9路バスのある大通りまでぞろぞろ歩きそこから駅までバス。先生は宋美英にお金を持たせ一人8角です。5人分払いなさいとさっそく学習の始まりです。駅からは烟台大学まで一人1元のバス。次は催三橡が払う順番。2階建てバスの2階の一番前にならんで座り烟台の海岸を1時間余りバスドライブ。烟台大学へ着き、大学の食堂で昼食の予定が、まだお昼の準備前。仕方なく校内を通りぬけて砂浜で遊び、帰りのバスの2階で先生に買ってもらったアツアツの大きな挟肉をほおばりながら帰りました。この挟肉、ポリ袋に入れてあり、手がよごれないように袋から出しながら食べます。食べても食べても減らない巨大なもので振返って見るとおじさんがニコニコしながらバケツを差し出すので見ると食べ終わったポリ袋や紙コップなどが入っており、見渡すとあちこちでお客さんが食べていました。
学習中のあるとき、料理の話が脱線し、烟台の地図の上に有名な店の名前を書き込みました。道の向かい合わせに餃子屋さんが張り合っており、先生も、どっちのお店がおいしいか分からない、と言うので実地学習へ行くことに。
この時は毛先生と呉先生も一緒に行きました。前菜を食べていると4種類の餃子があつあつで出て来ます。おいしい!おいしい!と言うとどんどんお代わりが来て、、、、、結局向かいのお店の事はすっかり忘れて帰りました。
あるとき呉先生が山東省の料理の本をプレゼントしてくれました。本の中に烟台市政府の近くの蓬莱春には伝統の料理があると書いてあったので、一年級三班の男の子も誘い、我々学生8人で行く事にしました。
当日土曜日、集まったのは私と韓国の男性で合計三人。11時ごろ蓬莱春に着いて本を広げ、これとこれ、と本の料理四品注文して季節的に材料の揃わない一品以外は受けてくれました。それからしばし、小姐がやって来て丁重に本を借りたいと言い、なお久しく、私たちただお水ばかり飲み、もう一時間は過ぎたね〜、本のコピー撮ってるのかな、材料の買出しかも、、、、、とこそこそと言いたい放題。
そこへ本を返しに来て、この本は古いので料理人も代替わりしています、多少お味が異なるかとも思いますが只今造っていますので少々お待ちください。私たちが本を見ると、1999年9月第一版、第一次印刷とあり、三人して頭を寄せ合って、クックックック−と声を殺して笑った。
さんざんたった後に食べた料理の味は全く憶えていない。外へ出たら時すでに4時を過ぎていた事だけは今でも憶えている。
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