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カルガリー日記1

2003年6月から11月までカナダのカルガリーに滞在し、現地語学学校へ通った。
知人に勧められ、その時の様子を地元の今日新聞に投稿した。

今回は長くなるが、その記事を載せる。


①なぜ留学?なぜカナダ?

私は現在カナダのアルバータ州カルガリーにいる。日本から太平洋を越え、ロッキー山脈の東に位置するかつて冬季オリンピックの開かれた街だ。
こちらはサマータイムの制度があり、現在日本との時差は15時間ある。日本の正午が、こちらでは前日の午後九時である。
私費による英語の語学留学のため、6月の上旬にここにやって来た。11月の末頃までここに滞在する予定だ。

多くの方々にお世話になりここに来る事が出来たが、これを書く事で少しでも恩返しになればと、私の留学手続きの体験からここカナダについての事を書いてみようと思う。

昨年末に勤めていた会社を辞めた。と言っても、定年ではなく、私はまだ20代。
最近は、若くして会社を辞める人も多いと聞くし、実際に私以外にも周りにそんな人がいるのを知っている。
会社を辞めた時から考えていたのがカナダへの語学留学である。社会に出てから、英語を勉強しておけばよかったと思う事が何度もあり、その度にそれを恥ずかしく感じていたからだった。
どうせ勉強するなら駅前留学よりも現地に行った方が良いだろうと思っていたのだ。
ではなぜカナダなのか?一般に英語の語学留学と言えば、アメリカ、イギリス、オーストラリア、ニュージーランド、そしてカナダなどがある。
その内、アメリカとイギリスは費用が高くつくようである。
オーストラリア、ニュージーランド、カナダも安くはないが、前述の二カ国に比べれば若干安い。これもカナダ選択の理由の一つだ。
そして私がその中から特にカナダを選んだ理由は、私がレクレーションアイススケートが好きだったからである。冬場にはよく城島のスケートリンクに通っている。
スケートの本場カナダなら年中スケートが出来るのではと思い、カナダに行く事にした。
そして後述するが、ビザの利点もあった。

留学すると思ったからには、あまり長い事ぼーっとしてもいられない。
一応留学を6月頃開始と予定し、早速準備を始めた。
今回留学を準備するにあたって、活躍したのがインターネットである。
情報集めから各種申込みまでそのほとんどをインターネットを通じて行った。


②学校選び

留学準備に先立ち、まずは明林堂へ行き本を買った。ダイヤモンド社発行の成功する留学シリーズのカナダ編である。
インターネットの情報だけでも良かったが、じっくり比較検討するにはこの手の留学ガイド本が良い。
カナダは大きい。世界で二番目に広大な国。当然留学出来る場所も色々ある。
一般には、バンクーバーなどの西海岸と、SARSで何かと話題のトロント周辺がカナダの二大留学地域で、内陸部は留学できる場所も少ないようだ。
私は、何かあった時のため、出来るだけ早く帰国できる様に西海岸周辺に絞る事にした。

留学を堅苦しく考える必要はない。私のしようとしている留学は、あくまでも私費の語学留学であり、四年間現地の大学に通う様な留学とは違う。
英語が出来ないからこその留学であり、通う学校は必然的に私立の語学学校という事になる。経済学や化学をやるわけではない。現地で駅前留学すると考えれば分かりやすい。
そしてそういった私立の学校は現地に山の様にあり、そこの学生もほとんどが英語を学びに来たアジア人、日本や韓国、中国からの生徒なのである。
前述の様な本には、それら学校の基本情報の他に、留学経験者の体験談なども載っている。

本から選んだ数校に手紙を出した。
まずは詳しい資料と入学申込書の請求からだ。これらは通常無料である。
英語が出来なくとも本に英文フォームがついているし、多くの学校では日本人がスタッフとして働いているから問題はない。
カナダに手紙を出して二週間もするとぼちぼち資料が届き出す。

その中から検討した結果、カルガリーのとある私立の語学学校にしようと決めた。
決めた理由は、費用の面と、その学校の返事の良さからだった。
資料請求と同時にいくつかの質問をしたのだが、この学校はちゃんと回答をくれた。
カルガリー事体の情報もインターネットで調べたが、やはり実際に行ってみない事には掴めないもの。

学校への入学は前述の様に簡単だ。
試験も何も無いし、ほとんど何時でも入学できる。年齢制限などもない。
この学校も毎週月曜日に入学できるとの事であった。
6月開始予定だったから、カレンダーを見て6月9日に入学で半年間という事にした。

なぜ半年間なのか?費用の事もあるが、ビザの問題からだ。
カナダの場合、日本人であれば半年間の留学にビザがいらないのである。
これは、普通のビザなしの観光で入国し、半年間ビザがいらないのと同じで、その間学校に通っても問題がない。
もちろん学生ビザを取得しても良いが、手間と費用が余計にかかるので止めた。


③現地までどう行くか?

学校の入学申し込みと同時に行わなければならない事がある。
カナダまでは日豊本線では行けない。そう、どうやって行くかである。
もちろん飛行機を使うが、カルガリーまでの直行便は日本にはなく、大抵はカナダ西の玄関口バンクーバーを経由して行く。
しかし私は以前から考えていたプラン、世界一周を絡めて行く事にした。

チケットの安い韓国ソウルからアメリカ、ヨーロッパ、シンガポール、ソウルまでという世界一周航空チケットがある。
ソウル>サンフランシスコーニューヨーク>ヨーロッパ1ーヨーロッパ2>シンガポール>ソウル(ーは各自で別途移動)というチケットで、シンガポール航空から発売されている
有効期限は一年なので、ソウルとアメリカを経由してカナダに行き、半年間滞在した後は、再度アメリカに入り、ニューヨークを経てヨーロッパを旅行して帰るというわけだ。

しかしこのチケットだけではカルガリーに辿り着けない。
そこで日本からソウルまでとサンフランシスコからカルガリーまでのルートは自分で他に用意する必要がある。
まずは早速インターネットで情報集め。
何しろ北米は初めてで勝手が分からない。サンフランシスコには日本人が多いのだろう。現地には日系の旅行会社があった。産経トラベルサンフランシスコだ。
英語が出来ないので、日本語でメールがやり取りできる日系はありがたい。
こことのメールで、日本とは違うアメリカの航空チケット事情が少し分かった。
アメリカでは、航空チケットを発売順に高くするという方式らしい。つまり売りだし開始当初が一番安く買え、出発間近になればなるほど高くなる。航空会社としては、席が埋まればそれだけ高くできるという事らしい。
という事で、まずは一番先にサンフランシスコ>カルガリーの航空チケットを買う事にした。
6月9日入学なのだから、7日には現地入りしたいので、7日のチケットを買う。
北米での生活にクレジットカードは欠かせないらしい。カードがない者は、カードが持てない者だとして、信用されない。
ここのチケットもカードで買う。が、インターネットにカード情報を流すのはまずい。という事で、この会社の方が日本まで電話を下さった。
なおアメリカでは日本の様な航空券はくれない。Eチケットと言って、搭乗当日に空港のカウンターで身分証明書を示せば、搭乗券をくれるという仕組みで、これなら航空券を無くす事はないし、航空会社としてもコストダウンできる。
ただし、アメリカ入国の際、アメリカのビザ免除プログラムで入国しようとすると、アメリカを出るという意思の確認のため(アメリカに居座らさせない)、アメリカを出るチケットの提出を求められる事があると言うので、チケットのコピーをこの旅行会社からFAXしてもらった。

世界一周堂という旅行会社で前述の世界一周航空チケットを買う。
韓国出発だけに韓国系の旅行会社でも取り扱っているが、ここは世界一周に特化し、日本の会社で対応が早そうなので、ここにした。
6月6日の夕方の便でソウルを出発すると時差の関係で同日のお昼過ぎにサンフランシスコへ到着する。
そこで余裕を持つため、6日に出発する事にした。取りあえず席の予約をする。入金は出発のおよそ三週間前にした。振り込むと数日でチケットが手元に届いた。

次にソウルまで別府からどう行くかだ。
世界一周し帰ってくるとなると何時になるか分からない。そんな事もあり、ソウルへの往復チケットは止めた。日本からの一年有効の往復チケットとなるとなかなかないし、高い。
次に考えたのが、ツアーでソウルまで行き、帰りは捨てるという方法。これでも良いが、三万円くらいして高い。
そう言えば、以前友人から日韓共同キップという物でソウルまで行った話を聞いていた。詳しくは知らなかったので、早速インターネットで検索
どうやらこのチケットは日本各地のJRの駅から韓国ソウルの駅まで行けるチケットの様だ。
日本各地の駅>博多か下関>プサン>ソウルというルートで、JRの特急自由席と船の二等室、そして韓国の誇る列車セマウル号の指定席のチケットがセットになっている。船は博多からだとビートルという高速船、下関からはフェリーという事になる。時間はあるので、安いフェリーを選んだ。
出発一ヶ月前から、駅にあるJOYロードなどで買える。これだと約一万二千円でソウルまで行ける。フェリーに一泊するので、6月4日に出れば翌5日にはソウルに着く。ここでも余裕を持って出発する事にした。


④お守りがないと不安

出発前になって、カナダがSARSやら狂牛病で騒がしくなってきた。
何もお守りを持たずに渡航するのは不安である。特に私には突然原因不明の激しい腹痛に襲われるという持病がある。
そんな事もあり、お守りとして海外旅行保険に加入する事にした。北米は特に医療費が高いらしい。現地の保険がない外国人にとってこの保険は必須だ。
しかし、海外旅行保険は年々高くなっている様で、私の入った保険も数年前の三倍くらいの値段だった。
半年間だからこれだけで数万円する。痛い出費だが仕方がない。使わないのがベストだが。
海外旅行保険は保障内容と期間が同じであれば、保険会社による値段の差はほとんどないようだ。
長期間の加入ができ、自分に必要な保障内容が選べ、自分の渡航する地域に強い保険会社を選ぶと良いだろう。

何でも安いのを探し、選んでいるが、ただでさえお金のかかる留学。そしてこれからはそれが出る一方なのだから仕方ない。


⑤初めての海外送金

そして、留学を申し込んだ学校に送金する。入学金、学費、ホームステイ(下宿)先紹介料などだ。ホームステイの代金は、現地で直接ステイ先の方に払う。
高いお金だ。一度に全額送金するのは不安なので、半分送金し、残りは現地に到着して払う事にしてもらった。
海外送金は高い。基本的に金額の多少に関わらず数千円取られる。
近くの大分銀行に行き、現地の銀行に送金する手続きを取る。親切に対応してもらった。
アメリカドル建てで送金するので為替相場にも敏感になる。とりあえずは円高が良いが、出発する前に円をドルにするので、その後は円安が良くなる。

現地では取りあえずホームステイする事になる。
日本と違い、向こうではホームステイはビジネスである。
一応ホームステイ先における一通りの条件を書き、学校の申し込みと同時に送る。費用を払うと学校がステイ先を斡旋してくれるのだ。
せっかくカナダに行くのだから、移民の家ではなく、普通のカナダ人の家庭をと書いた。

送金と申し込みを同時に行い、少しすると入金確認と入学許可書が郵送されて来た。
この時点で現地とのやり取りはほとんどEメールで行っていた。また出発直前まで何か質問があればEメールで連絡していた。
Eメールが早いし安い。実に便利である。

出発前に銀行で手持ちのお金をほとんどドル建てのトラベラーズチェックにした。
現金のままだとなくしたり盗られたりすると保険でもカバーできないが、トラベラーズチェックだと再発行されるので助かる。
特に北米ではこの旅行者用小切手が現金同様に使えるらしい。
現地でのホームステイ代や残りの学費、生活費の全てを持って行くのだから、このトラベラーズチェックは良い手段と言えよう。

その他に、辞書やら参考書やら着替えやらと、持って行く物で出発ぎりぎりまで準備が忙しい。
そうなると出発まであっと言う間だ。


⑥いよいよ出発

6月4日。いよいよ出発だ。
今JRでは、白いソニック号という特急が博多まで走っている。乗った事がなかったので、例の日韓共同キップを使い、別府駅から小倉までその特急で行った。
本皮のシートが立派で、こんな上等な列車には初めて乗った。
小倉からは各駅停車で下関へ。これが日本食の食べ納め、とカジキカツ定食を食べ、港へ向かう。

下関港ターミナルに着くと、そこはすでに韓国?
大量の荷物を抱えた韓国人らしきおばさんたちがこれまた沢山いる。聞いた事がある。彼女らは運び屋なのだろう。韓国からは安い物を、日本からは家電などを交互に運んでいるのだ。
聞きなれない韓国語が飛び交っている。日本人は少数らしい。

出国審査を終え、いそいそとフェリーに乗り込む。
フェリーで知り合った日本の方と、無税の安いビールを飲んで寝ると、明るくなった頃にはすでにプサンに着いている。
SARSのためか、プサン港では体温測定が行われていた。
無事韓国に入国出来た後、まず両替し、徒歩と地下鉄でプサン駅へ向かう。ソウルまでの列車出発までそんなに時間はなかった。
韓国は三度目で、余り情報を集めて来なかったが、列車に乗り遅れないため、港と駅の位置だけは頭に叩き込んでいた。
駅に着きしばらくすると、ソウルまでの列車セマウル号の改札が始まる。日本と違い、列車ごとに改札を行うらしい。
寝たり起きたりを繰り返し、朝鮮半島を北上し、いつしかソウルに着く。ソウル駅は東京駅に似ている、とフェリーの中で知り合った方から聞いていた。併合時代に建てられたそうだ。確かにそっくりだった。


⑦韓国にて

泊まる所を決めていなかったので、駅近くの安い旅館に飛び込みで泊まる事にする。
一泊三万ウォン。三千円くらいだろうか。もちろん韓国語は出来ないがなんとかなるもんである。
ソウルでは泊まる所がなくても、インフォメーションセンターがあって、そこでは日本語で自分の予算にあった宿泊施設を無料で紹介してもらえる事を知っていたので、特に情報がなくとも不安はなかった
しかし情報がなかったゆえに何度も回り道をするはめになったので、情報は出来るだけあった方が良いだろう。

ソウルの空港と言えば、以前はキンポだったが、現在はソウルのお隣り、仁川の空港が国際線を扱っている。翌日ソウル駅から直行バスで空港に向かう。
テロの影響であろう。空港ではかなり厳しい検査を行っていた。靴も脱がされチェックされる。
何とか出国し、飛行機に乗り込む。もちろんエコノミーだが、各シートにはモニターが完備され、ビデオを見たり、ゲームをしたり出来るようになっていた。
10時間を越える飛行に配慮されているのだろう。


⑧サンフランシスコにて

海外に行った事はあるが、アジア以外は初めてだ。
こんなに長く飛行機に乗った事もない。その日の夕方出たはずの飛行機が、当日のお昼に着くなんて!まるでタイムスリップ?

サンフランシスコには一泊し、翌日カルガリーへ向かう。
もちろん一度アメリカにも入国しないといけない。北米への第一歩だ。
アメリカは、日本人の場合、Iー94Wというビザ免除プログラムが適用される。これは一種の入国カードであり、パスポートに挟まれ、出国時に回収される。アメリカはこれで出入国の管理を行っている様だ。
アメリカの入国審査は厳しいチェックだった。他の国の方は入国管理官に色々と聞かれていた様だが、私はほとんどフリーパスだった。どこに行っても思うが、日本人のパスポートは信用されている。

空港からサンフランシスコ市内までバスで行こうと思ったが、なかなか来ないのでシャトルバンを使った。これは大きなバンに乗合で乗り、それぞれの目的地(市内)まで行ってくれる乗り物。
市内まで$14だったが、そうアメリカにはチップという厄介な習慣がある。慣れない私は$3プラスし$17渡した。これで良かった様だ。

サンフランシスコでは予約はしていなかったが、安い所をという事で、ダウンタウン(市街地の事)にあるユースホステルに泊まる事にしていた。
ドミトリータイプの部屋で、ベッドは空いていたので簡単に泊まれた。
ついでなので、サンフランシスコ市内を観光。そしてアメリカではやっぱりコレ!某ハンバーガーショップへ。Mサイズで値段は日本と同じくらいだったが、コーラの量が凄まじく多く、飲みきれなかった。
サンフランシスコでは移民が多いのだろうか。ハンバーガーショップなどで働いているのはアジア人ばかりだった。

翌朝近くの高級ホテル前から再びシャトルバンに乗り、空港へ向かう。いよいよカナダである。
日本と違い、アメリカには出国審査がないらしい。従って、例の入国カードは航空会社のカウンターで返さないといけないはずなのだが、なぜか取られず。
返さないと次回アメリカに入国できないらしいので焦る。これは今でもどうしたら良いのか分からないままである(注;航空会社へ後日郵送した)。
出国審査はないが、アメリカでの飛行機搭乗はさすがに検査が厳しかった。やはり靴を脱がされる。また、搭乗直前にも再度の手荷物検査が行われた。

飛行機に乗ってしばらくすると、下には美しい山々が見えてくる。
ロッキー山脈であろう。山肌にはまだ沢山の雪が残っていた。


⑨とうとうカナダ到着

日本のパスポートの威力!カナダにも簡単に入国できた。
カルガリー空港にはホームステイ先の夫妻が迎えに来てくれていた。英語力のない私には挨拶もままならなかったが、身振り手振りでやるとそれくらいどうにかなる物だ。
車に乗り込み家へ向かう。よく晴れている。右手にはカルガリーのダウンタウンが見える。
カルガリーはまずカウボーイの街として発展したそうだ。今でもカルガリーのあるアルバータ州のアルバータ牛は有名らしい。そしてその後石油が発見され街はさらに栄えた。ダウンタウンに高層ビルがいくつも見える。あれらビルのほとんどが石油会社のビルだという。
途中この家族の小さな娘さんをピックアップし、車は家に着いた。

まだ私自身もよく分かっていないのだが、ホームステイ先のシェパード家を簡単に紹介する。

家長であるお父さんのデイブは三十五才くらい。プラスチック関係の会社勤めらしく、朝は遅く、夜は帰りが遅い。そしてその奥さんであるお母さんのポーラ、九才の息子ニコラス、四才の娘カーラの四人。
彼らと一緒に生活し、食事も一緒に取る。

この家に正直どれくらいの間住むのかは分からない。前述したが、ホームステイはビジネスである。
向こうもお金のために外国人を住まわすのだし、こちらも合わなければ他を探す。実際に、留学の間ずっと同じ家に住み続ける人は普通多くないらしい。多くの留学生が他のステイ先に移ったり、アパートを借りたりしだす様だ。

私はこの家の地下室を間借りしているが、地下室だけに窓がなく昼までも明かりを点けないと何も見えない。
また学校があるのはダウンタウンだが、家は郊外なのでちょっと不便である。そして私は日本でパソコンの虫であった。しかし、この家にはパソコンがない。これもちょっと不便。パソコンのある家、とホームステイ先の条件を出すのを忘れていた。
これらが私のステイ先での問題点であるが、今の所それほどに深刻ではない。


⑩カナダ、そしてカルガリー

着いた当日、ホームステイ先の奥さんと娘が買い物に行くと言うので、私もついて行ってみた。
車で10分足らずの所にあるスーパーマーケットに行ったが、びっくりした!その買い方にである。日本のちょっと晩のオカズを、という買い物ではない。どでかいカートに一ヶ月分?というような量の食料品を次々に入れていく。
そういえばシェパード一家は皆大きい。背はそれほどではないが、体が大きい。それに見合った買い方である。
ところで、こちらはやはりカード社会なのだろう。買い物もカードでしていた。ちなみにここカルガリーにも消費税があって、税率は7%と日本のそれよりも高い。
そして歓迎という事で、晩御飯は大きなステーキだった。狂牛病が不安だったが食べる。これがアルバータ牛か、なかなかに美味しい。脂身が少ない様だ。

そしてシェパード一家の食べる量もやはり凄い。日本と違い、四才の小さな子どもに炭酸のジュースをガブガブ飲ませている事に驚いた。健康に悪いと思うのだが。
私はここに来てやはり日本のメシが恋しくなって来ている。

6月であるがカルガリーはやはり朝方がちょっと寒い。そして内陸部だけに乾燥している。しかしそんな事は来る前から分かっていた事だった。
ここに来て何より驚いたのはその日の長さにである。朝は日本と同じ頃明るくなると思うが、夜はなんと10時過ぎまで明るい。
そんな事もあってなのか、シェパード家の子供たちも夜遅くまで起きている。私が小学生の頃は夜9時に寝るのが決まりだった。四才の子どもが11時まで起きていいのは大晦日だけだったのである。

日本と違う食生活に時間の感覚。これもカナダなのだろう。
私も未だに時差ぼけがあるのか、時間の感覚がよく分からない。


⑪学校について

ステイ先の家から学校まではかなり離れているのでバスと列車を乗り継いで行く。片道およそ40分の道のり。
カナダはどこもそうなのだろう。道が広い。そしてどんな道でもたいてい車が路上駐車されている。両側に駐車してもまだまだ余裕があるのだ。ちなみにカナダはアメリカと同じ右側通行。歩行者優先意識が徹底しており、比較的安全だ。ただし、信号が赤でも右折だけは出来る様で、道路を横断する場合は注意が必要。
市内のバスと列車はどちらも市の運営で、例えばバスに乗ると90分以内であれば列車への乗り継ぎも無料で出来る。列車からバスへも同じ。
一日に往復でカナダ$4だが、交通費が必要とは考えていなかったのでちょっと辛い。

郊外で不便でもあったので自転車を買った。
これで学校にも通う事にしたが、さすが広いカナダ。いい運動になっている。
ところで、自転車で色々と動いてみたが、この時期にオープンしているスケート場は未だ見つかっていない。これではカナダに来た意味が薄れる。

カナダでは、市街地=働く所、郊外=住む所と分けて考えている様だ。
ダウンタウンで買い物も出来るが揃わない物も多い。大分でも最近見られる様になったが、郊外には大型のショッピングモールが数多くある。それだけここが車社会であるとも言えるだろう。

そして私の通う学校はカルガリーのダウンタウン(市街地)にある。チャイナタウンのすぐ側である。
私立の語学学校で、韓国人移民が経営しており、そのせいか生徒の90%は韓国人だった。正直こんなに韓国人ばかりだとは考えていなかった。韓国人の他は日本人で後はいない。しかし、どうせなら様々な国の人と知り合いたかったので、これは残念だった。
思っていた通り、学校に年齢制限はなかった。下は小学校にも入らない程の小さな子どもから、上は大奥様という年齢の方まで年齢層は幅広い。それぞれのレベルに応じて、彼らと机を並べ、授業を受ける。
また、この学校では会話の勉強中心の授業内容だったので、英語がある程度出来る人にはおすすめできるが、私の様に英語が全く出来ず、基礎からやりたい者には少し向いていない様だ。
以上から学校選びはもうちょっとしっかりすべきだったと思った。しかしそうも言っていられない。せっかく来たのだ。学校はどこも同じ、要は自分次第と思う事にした。


⑫切っても切れない韓国人との関係

この学校は韓国人ばかりだが、英語を話す国は数多くあれど、どこへ行っても日本人、韓国人、中国人はいると言う。
特に日本と韓国は近く、古くから交流があっただけにとっつき易くもあるが、やはり外国。習慣や考え方などまるっきり違う事も多い。
これは特に男性に言える事だが、韓国人は年齢を一番に重んじる。そのせいか、韓国人は他人であってもお兄さん、お姉さんと呼び合うので、外国人には誰が本当の兄弟なのか分からない程だ。
あなたが韓国人と知り合ったとしよう。日本人であれば挨拶の後まず名前を尋ねると思うが、韓国人は名前の前にまず相手の年齢を尋ねる。それは、韓国人の場合、相手の年齢によって大きく態度が異なるからである。
仮に相手が自分より年上だったら、相手に失礼があってはならない。実に礼儀正しく接する。これは日本人も見習うべき点であろう。
ところが、反対に相手が年下だと知ると今度は何をしてもお構いなしという態度になる事がある。これらは儒教の考えが大きく影響している様だ。彼らはそれを海外に出ても持ち続ける。
私としては、年下が年上を敬い、そして年上も年下を敬うというのが本当にすばらしいと思うので、韓国人の良い面も悪い面も良く理解したいと思っているがなかなか出来ていない。
私にはある苦い経験がある。とある韓国人と知り合う機会が以前あり、彼は私よりも幾分年上だった。私は彼に軽い冗談を言ったのだが、それが彼を激怒させた。韓国人の間では、年下が年上に言ってはいけない事だったのだ。

年上を敬う事、年下をも敬える事をすばらしく思い、そうありたいと思うがなかなか出来ない。そしてここカルガリーでは、韓国人から年下扱いされない様に、年齢を教えないという小賢しい防御策を講じたが、知っている人から簡単にばれてしまった。

留学すれば、韓国人とはどこへ行っても出会う。切っても切れない。
彼らは日本人にとって外国人である。考えも習慣も違う。
しかし、その中から見習うべき点や、彼らにない日本人の良さを見つけれれば、それだけでも外国に来た価値があるという物ではないだろうか。


⑬カナダの中の私

私は現在、カナダのカルガリーに住んでいる。ただ今語学留学中である。
外国で日本の常識は通じないと言われる。確かにそうだ。外国にいると日本との違いから、ちょっとした事でも驚く事が多い。
しかし通じる面もあると思う。例えば、日本でも通じる様な礼儀を以ってやれば、ここカルガリーでも礼儀正しいと思われるはずだ。
また日本でも非常識とされるような事をすれば、当然ここカルガリーでも白眼視される事だろう。

私は外国の習慣には時期に慣れていけば良いと思う。そして、外国の常識をわざわざ学ぶ必要はない。
日本で常識とされる事を守ってさえいれば、外国でも十分通用するし、むしろ尊敬される日本人になれると思っている。

今私はカナダにいる。ここで私を私個人として見てくれる者は誰もおるまい。
私は今、只の一人の日本人として見られている。もし私がここで悪い事をすれば、カナダ社会での日本人全体の評判を落とす事になるだろう。私は日頃から日本人全体の評判を落とす事だけはすまいと思っている。
私個人が個人として見られ、カナダ人からも尊敬され、それが日本人全体の評判になれば、と思うが、それはかなり難しい。
今は評判を落とさない様にするだけでも精一杯だ。

私は今カナダにいる。
私を私個人として見てくれるカナダ人を一人でも作るため、もっとカナダ人と接したいが、語学力のなさからなかなか積極的になれていない。
今は将来への不安もある。帰ったら働く場所はあるのだろうか?
この間、道に迷い地図を広げていると、通りがかったカナダ人が、「MAY I HELP YOU?」と言ってくれた。カナダにも素晴らしい人達がいる。
私も早く他人にそう言える様になりたいと今は思っている。


第二弾に続く。

(コラム)2004/03/07

マウントパインドットコムに一言どうぞ!

18: MpTube HTML5版を久々に更新し、スマホに最適化しました。 2018-01-13T16:46:16+09:00

17: HTTP/2に対応しました。 2017-09-28T05:43:58+09:00

16: 不正アクセスにめげず頑張ってください! 2017-09-22T08:31:26+09:00

15: 不正アクセスから復帰しました。 2017-08-26T21:52:21+09:00

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